60‘s The Fabulouslous Oldies No.4
アメリカン・ポップスに響き渡る≪ウォール オブ サウンド≫を創りあげた、
とてつもないシンガー.ソング.ライター&アレンジャー.プロデューサーの
フィル・スペクターに捧げる。
60`sに、とてつもない偉大な足跡を残した、フィル・スペクター。
最期まで、驚きをもって語り継がれていく亡くなり方となった。
その亡くなり方とは…
当時住んでいたロサンジェルス・アルハンブラの高級邸宅地の超豪邸で、女優でモデルのラナ・クラークソンの顔面にピストルを2発撃ちこんで即死させてしまった。それにより2003年から19年間、キャリホルニア州刑務所に第2級殺人罪で服役中だった。つい最近2021年1月16日、新型コロナで81才で亡くなってしまった。
フィル・スペクター(1939年12月26日―2021年1月16日)ニューヨーク・ブロンクスでロシア系ユダヤ人として生まれた。
Breaking Nows ≪速報≫2021.1.20にBBC発として、知らせられた。
アメリカン・ポップスのオールディズ 60`sとは、思えば2020年2021年の今から丁度60年前に、なろうとしている。
何と感慨深いものか、長いか短いかこの時代の変わりように思いを致す。
とにかくフィル・スペクターは、正に波乱万丈の生き方、亡くなり方といってもいいかもしれない、というのも数々のポップスターを生み出したのだが・・・。
エピソードとして伝えられていることは、アレンジャー&プロデューサーとして音楽制作中には、ボーカリストをチョットでも気に入らなければ、恐ろしい形相で、怒り付けたらしい、怒鳴り飛ばされたものは一人や二人どころではない、殆どのものが、フィルの怒りの対象になっていたらしい。そのくらい独善的だったらしい。
更に恐ろしいエピソードとして、スタジオに、ピストルを持参して、現れて、音楽制作中、ボーカリストが、少しでもフィルの逆鱗に触れたならば、ピストルをかまえて、脅かしたらしい。正に狂気の、独裁者であったらしい。
その位、最高のサウンドを作りたかったのか。
そして極め付きは、あの有名な ≪ WALL OF SAUND ≫ ( ウォール オブ サウンド )。
伴奏に大編成の、バイオリンやチェロ・ベース ティンパニー、パーカッションなど、重厚な音を求めて、そして、録音テープを何回も多層多重に録音技術を駆使して、巨大な壁のようなものにエコーを利かせた、地響きのような、音造りをした。
1963年に作られた黒人女性3人組の、オールディズの決定盤。ザ ロネッツの ビー マイ べイビー 《 Be My Baby by The RONETTES 》
ドン・ドドン ドン・ドドン ビ~マ~イ・ビ.マイ~ベイビ~~ ビ~マ~イ・ビ.マイ~ベイビ~~
ザ ロネッツは実姉といとこの2人と、メイーン・ボーカルはベロニカ・ベネット、ベイビー・フェイスでチョット舌ったらずのベイビー・ボイス。3人組はそろって60`s、流行った蜂の巣を頭に高くのせたビヘイブ・ヘヤー(beehive.hear)。メイクアップでは目にはキャッツ.アイ、ファッションは、映画のアメリカン.グラフィティズでも見られたボトル.ドレス、胸や腰、体にピッタリした生地にはラメが光っている。このベロニカはフィルの最高の《お気に入り》で、彼女の歌声に《逢ったとたんに一目ぼれ》でフィルの、2番目の結婚相手になり名前もロニー・スペクターになり楽曲も一番多く提供された。余談だがフィルはもの凄く嫉妬ぶかくロニーをその都度、部屋に監禁状態にして、なかなか外出を許さなかったとか。
ビー マイ ベイビー Be My Baby
恋の雨音 Working In The Rain
ベイビー アイ ラブ ユー Baby I Love you
クリスマス ギフト フォー ユー・アルバムより、
サンタがママにキッスをした. I Saw Mommy Kissing Sata Claus. (フィルのアレンジ)
その他のフィル・スペクターの、ビッグ・ヒットを ぶっ飛ばした、ポップ・スターと代表曲。
テディ・ベアズ(最初にフィルが作ってメンバーになった3人組のグループ)
(逢ったとたんに一目ぼれ ) To Know Him Is To Love Him.
クリスタルズ(彼は悪ガキーだけど好き) He`s A Revel
ライチャウス ブラザース (ふられた気持ち) You`ve Lost That Lovin` Feeling.
ダ―レン ラブ (クリスマスには彼氏に帰ってきて)Chrismas(Baby,Please Come Home.)
ビートルズ (なるがままに) Let It Be ets.