今回のブログを書く前に 前回 の分を読み直していて、問1の(イ)(語句の意味を選ぶ問題)の答えを間違えていたことに気付きました。

 お恥ずかしい限りです。

 修正しておいたので、お読みください!

 では、前回の続きを読んでいきます。

 

(前略)

【14】 「兄ちゃん、少し痩せたわね。ちょっと凄味(すごみ)が出て来たわ。でも色が白すぎて、そこんとこが気にいらないけど、でも、それでは貞子もあんまり欲張りね、がまんするわよ、兄ちゃん、こんど泣いた? 泣いたでしょう? いいえ、ハワイの事、決死的大空襲よ、なにせ生きて帰らぬ覚悟で母艦から飛び出したんだって、泣いたわよ、三度も泣いた、姉さんはね、あたしの泣きかたが大袈裟(おおげさ)で、気障(きざ)ったらしいと言ったわ、姉さんはね、あれで、とっても口が悪いの、あたしは可哀想な子なのよ、いつも姉さんに怒られてばっかりいるの、立つ瀬が無いの、あたし職業婦人になるのよ、いい勤め口を捜して下さいね、あたし達だって徴用令をいただけるの、遠い所へ行きたいな、うそ、あんまり遠くだと、兄ちゃんと逢えないから、つまらない、あたし夢を見たの、兄ちゃんが、とっても派手な絣(かすり)の着物を着て、そうして死ぬんだってあたしに言って、富士山の絵を何枚も何枚も書くのよ、それが書き置きなんだってさ、おかしいでしょう? あたし、兄ちゃんも文学のためにとうとう気が変になったのかと思って、夢の中で、ずいぶん泣いたわ、おや、ニュースの時間、茶の間へラジオを聞きに行きましょう、兄ちゃん今夜、サフォの話を聞かせてよ、こないだ貞子はサフォの詩を読んだのよ、いいわねえ、いいえ、あたしなんかには、わからないの、でもサフォは可哀想なひとね、兄ちゃん知ってるでしょう? なんだ、知らないのか。」やはり、どうにも、うるさいのである。律子は、台所で女中たちと共にお膳の後片附けやら、何やらかやらで、いそがしい。ちっとも三浦君のところへ話しに来ない。三浦君は少し物足りなく思った。
【15】 あくる日、三浦君は、おいとまをした。バスの停留所まで、姉と妹は送って出た。その途々(みちみち)、妹は駄々をこねていた。一緒にバスに乗って船津までお見送りしたいというのである。姉は一言のもとに、はねつけた。
「私は、いや。」律子には、いろいろ宿の用事もあった。のんきに遊んで居られない。それに、三浦君と一緒にバスに乗って、土地の人から、つまらぬ誤解を受けたくなかった。おそろしかった。けれども貞子は平気だ。
「わかってるわよ。姉さんは模範的なお嬢さんだから、軽々しくお見送りなんか出来ないのね。でも、あたしは行くわよ。もうまた、しばらく逢えないかも知れないんだものねえ。あたしは断然、送って行く。」
【16】 停留所に着いた。三人、ならんで立って、バスを待った。お互いに気まずく無言だった。
B「私も、行く。」幽(かす)かに笑って、律子が呟(つぶや)いた。
「行こう。」貞子は勇気百倍した。「行こうよ。本当は、甲府まで送って行きたいんだけど、がまんしよう。船津まで、ね、一緒に行こうよ。」
「きっと、船津で降りるのよ。町の、知ってる人がたくさんバスに乗っているんだから、私たちはお互いに澄まして、他人の振りをしているのよ。船津でおわかれする時にも、だまって降りてしまうのよ。私は、それでなくちゃ、いや。」律子は用心深い。
「それで結構。」と三浦君は思わず口を滑らせた。

 

(注)

ハワイの事…1941年12月8日、日本海軍はハワイオアフ島真珠湾にあったアメリカ海軍の太平洋艦隊と基地を航空機および潜航艇によって攻撃した。この「真珠湾攻撃」によって太平洋戦争が始まった。

サフォ…古代ギリシャの女性詩人。サフォー、サッフォーとも記される。


 貞子のマシンガントーク・その2を堪能(たんのう)していただけたでしょうか?

 ところで、この辺りで、この問題集(『2019・駿台 センター試験 実戦問題集 国語』(駿台文庫))の解説を少し見ておきたい、と思います。

 おそらく、この問題の設問と解答を作ったのと同じ人が、解説文も書いているのだろうと思うのです。

 

 まずは〈問題文の解説〉から。

 全部引用するのはめんどくさいので、ポイントとなりそうなところを、ところどころ抜粋します。

 まず、最初に、三浦君が道で律子と貞子に出会う場面について。

 

 季節は冬である。日の暮れかかった下吉田の町を旅館に急いでいると、途中の呉服屋さんの店先でばったりと姉妹に逢う。そのとき、

 

 「律ちゃん。」なぜだか、姉のほうに声をかけた。

 

 三浦君は二人を同時に目撃しているはずである。しかも、手紙をくれたのは妹の貞子の方である。姉の方が目上だから律子の方に声を掛けたというのなら「なぜだか」という疑問は生まれない。それ以外に心理的な理由がある。単刀直入に言ってしまえば、三浦君の潜在意識は〈律子に逢いに来ている〉のだ。つまり、三浦君の気持ちは実は律子の方に向いているのだが、彼自信それを自覚できていないのである。

 

 「駿台の人」の読みはなかなか鋭いですね。

 しかし、こう言い切ってよいのかどうかはよく分からない。

 

 律子と貞子は年が3つ離れています。

 だから、三浦君の家には、姉の律子がまず先行して下宿しに来たわけです。

 そして、妹の貞子が女学校に入学し、三浦酒造店に来たのがその3年後。

 その間、3年間は律子一人が下宿していたことになります。

 三浦君にとって、妹以外では初めて親しく接したであろう、年頃の美しい女性から受けたインパクトには絶大なものがあったであろう、と思われます。

 三浦君が無意識のうちに律子に声をかけたのも、無理からぬところです。

 

 とは言え、三浦君は貞子にも心を引かれています(と思います)。

 そもそも姉妹の家に遊びに行こうと思ったきっかけは、貞子から手紙をもらったことです。

 考えてみれば、律子と貞子は3つ離れているのだから、逆に考えると、律子が女学校を卒業後(当時の高等女学校は5年制)、貞子だけが下宿していた期間だって3年間あったはず。

 現状では三浦君と貞子の方が親しい感じになっているのも無理からぬことなのです。

 

 ということで、現状では、三浦君は律子と貞子の間で本当に心が揺れている状態である、と僕は考えます。

 この辺りで、僕と「駿台の人」との読みは、少しずつずれていくのであります。

 

 律子は自分のことを置いても背負ったものを果たそうとする女性であり、ストイック(禁欲的)に自分を「律」する女性である。

 それに対し、(中略)貞子は、情の篤(あつ)い、自分の気持ちに忠実(貞実)な、その意味で純真な女性である。

 

 律子と貞子の性格的な特徴としてはその通りだと思います。

 しかし、本文中に描(えが)かれている比重の大きさから考えると、この小説のヒロインは貞子と考えられますから、「駿台の人」がこのように律子と貞子を等価に評価しようとするニュアンスからは、「駿台の人」が密(ひそ)かに律子推(お)しなのではないか、という印象を受けます。

 そのようなバイアスに、「駿台の人」はちょっと引きずられ気味なのではないか、と思うのです。

 

 駿台の解説の方は一旦このくらいにしておいて、問いの方に移りましょう。

 

問3 傍線部B「『私も、行く。』幽かに笑って、律子が呟いた。」とあるが、ここには「律子」のどのような気持ちがあると考えられるか。その説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。

 

① 旅館の用事も土地の人の評判も大事にしなくてはならず、男をバスで見送ってなどいられないと思っていたが、自分が帰れば妹は憲治と二人で甲府まで行ってしまうかもしれず、妹の評判を守るためには同行もやむを得ないとあきらめる気持ち。
 

② 旅館を切り盛りする忙しさに加えて周囲の目を怖れ、バスに同乗して男を見送ることにためらいを覚えはするものの、頑(かたく)なに同行を拒んでこのまま大した会話もしないまま、憲治としばらく逢えなくなってしまうのを心残りに思う気持ち。

③ 旅館の顔である自分が不名誉な噂を立てられてはならず、男を送ってバスに乗るわけにはいかないと思っていたが、それではわざわざ遠くまで訪ねてきた憲治への礼を欠くことになり、それもまた自分の名誉にかかわると反省する気持ち。

④ 旅館を真面目にやりくりし女性としても模範的と見られており、男とバスに同乗して折角の評判を落とすのは嫌であるが、自分の拒絶のせいで皆が無言になってしまう気まずさに堪えられなくなり、この際は妥協し犠牲になろうと覚悟する気持ち。

⑤ 旅館の仕事と世間の評判に甲斐(かい)を感じて生きており、男を送ってバスに乗るなどということに浮かれるのはばかげていると思いはするものの、いざ憲治と並んで立ってみると意外に悪い気がせず、思わず心が浮き立つのを抑えられない気持ち。

 評論の問題と違って、小説の問題というのは、解説のしようがない、というところがあります。

 こんなの、間違えようがないではありませんか?

 逆に、この問いの答えが分からない、という人は、勉強をしても小説の問題が解けるようにはならないので、小説を使わない受験を考えた方がいいと思います。

 

 選択肢を見る前に、自分なりの解答を考えておきましょう。

 

 「律子も内心では貞子と同様に、三浦君と別れるのを名残(なごり)惜しく思う気持ち。」といったところでしょうか。

 

 ということで、正解はです。

 本文の続きを読みましょう。

 

【17】 バスが来た。約束どおり三浦君は、姉妹とは全然他人の振りをして、ひとりずっと離れて座席にすわった。なるほど、バスの乗客の大部分はこの土地の人らしく、美しい姉妹に(ウ)慇懃(いんぎん)な会釈をする。どちらまで? と尋ねる人もある。
「は、船津まで、買い物に。」律子は澄まして嘘(うそ)を吐(つ)いている。完全に、三浦君の存在を忘れているみたいな様子だ。けれども、貞子は、下手くそだ。絶えず、ちらちらと三浦君のほうを見ては、ぷっと噴き出しそうになって、あわてて窓の外を眺めて、笑いをごまかしている。松の並木道。坂道。バスは走る。
【18】 船津。湖水の岸に、バスはとまった。律子は土地の乗客たちに軽くお辞儀をして、静かに降りた。三浦君のほうには一瞥(いちべつ)もくれなかったという。降りてそのまま、バスに背を向けて歩き出した。貞子は、あわてそそくさと降りて、三浦君のほうを振り返り振り返り、それでも姉の後に附いて行った。
【19】 三浦君のバスは動いた。いきなり妹は、くるりとこちらに向き直って一散に駈(か)けた。バスも走る。妹は、泣くように顔をゆがめて二十メートルくらい追いかけて、立ちどまり、
「兄ちゃん!」と高く叫んで、片手を挙げた。

 

問1 傍線部(ア)~(ウ)の本文中における意味として最も適当なものを、次の各群の①~⑤のうちから、それぞれ一つずつ選べ。

 

(ウ) 慇懃な

 

① 気さくな ② 偽善的な ③ 礼儀正しい ④ 見下した ⑤ 上品ぶった

 

 さて、正解はどれでしょうか?

 

 

 画像は『新詳日本史』(浜島書店・2012年版)から。

 昔の中学校・高等女学校は5年制でした。

 今の中1~高2に当たります。

 戦後、制度が変更されたのはどうしてでしょうか?

 5年制の方が勉強はやりやすいだろうと思います。

 

(つづく)