得意楽器はボキャブラリー -19ページ目

クロマグロの真実

昨夜のクロマグロ禁輸否決のニュース。

後進国の多数票によって欧米先進国のエゴを退治した形だ。

しかし、日本もこれで調子に乗ると
今度は自らのエゴを攻撃される番が回ってくる。

日本のまぐろマーケットの平穏が保たれることは喜ばしいが
これで一層クロマグロ(本マグロ)に注目が集まり
消費量が更に上がるようなことになれば国として恥ずかしい。

前の日記にも書いたように
僕は本マグロの大トロ、中トロといった高嶺の花にあまり興味がない。

しかしスーパーでも飲み屋でも
ことさらに「本マグロ」を強調する。
だいたい「本マグロ」という呼び名が悪い。
俺様こそが真のマグロで他のマグロはマグロじゃない
みたいな響きである。

メバチもキハダも立派なマグロだ。

なんでも「本マグロ」はエラい、高いからウマい
というのはただの成金趣味に過ぎない。

クロマグロだって成金趣味のせいで乱獲されるくらいなら
「普通のマグロに戻りたい」
と思っているに違いない。


魚もそれぞれ旬があるのだから
夏には旬のキハダを食べればいいし
冬でもブリとか、負けないくらい美味しい選択肢もある。

クロマグロの禁輸が否決されたからこそ
全体の80%を消費する日本としては
食料資源としてのクロマグロを保護しようという気持ちを
強く持たなければならない。

とにかくクロマグロを特別扱いすることをやめよう。
よって僕は今後「本マグロ」と言わず
頑に「クロマグロ」と呼ぶことにする。



ペタしてね

まぐろとくじら

先日、神保町の飲み屋で大将と
この先、クロマグロはどうなるのか、という話になった。

完全養殖に向けての取り組みもあるが
大将が言うには、養殖ものは脂が多すぎてダメらしい。
日持ちもしないと言う。

僕も鮪は好きだけれど
鮪も肉も霜降りは苦手で
大トロともなると1切れでお腹いっぱいである。

だから大西洋のクロマグロが食べられなくても
個人的には大して残念とも思わないが
鮪全体のマーケットに大きな影響があることは間違いないので
無関心ではいられない。

完全養殖への取り組みも技術開発の観点からは素晴らしいと思うが
気になるのは、マグロにも牛のように人間の手が加えられることで
高く売れる霜降りクロマグロを「作る」ために
その技術が使われるということだ。

「薬品漬け」とまで言ったら怒られるかもしれないが
僕はそんな不健康そうなマグロは遠慮したいと思う。



クロマグロ問題にしても、捕鯨問題にしても
日本はなぜか国際的に凄まじいバッシングを浴びているようだ。

クロマグロの場合は、ひとまず大西洋に限定した話なので
売ってくれないなら最悪、他で調達しますということで済むかもしれないが
鯨の問題はもっと深刻なようだ。


日本の捕鯨に激しく反対しているオーストラリアだが
その反対の理由がどうもよくわからない。

環境問題とか動物愛護とか
そういった世論の支持を得やすい上っ面の理由を並べることは
政治や経済上の理由を隠すための常套手段である。

一匹の動物も殺さなくて済むのならそれにこしたことはないが
そうして人間が生きていけないことは小学生だって知っている。


「オマエらは鯨食うなんて野蛮な国民だ」
なんて言われても
「カンガルー食うような奴らに言われたくないわ」
なんて言いたくなるだけで
食文化の違う国と国の痴話喧嘩にしか発展しない。

そのうち、他の国も巻き込んで
「オマエら、犬食ってるじゃないか」とか
どこまでいっても堂々巡りである。

この種の問題はナショナリズムを煽ってどんどん過激になるから危険だ。


これは実際オーストラリアで放送されているCMだという。
「鯨を食べるような野蛮な国のビールを飲むのはやめよう」という
日本産ビール不買運動のCMである。
(ちょっとグロいので気が進まない人は見ない方がいいかも)


これを見ると、オーストラリア人は
環境問題や動物保護を叫ぶ前に人種差別をやめろ
と言いたくなるのは僕だけじゃないだろう。

因みにクロマグロ問題ではオーストラリアは
自国のミナミマグロに飛び火することを恐れて
大西洋クロマグロの禁輸には反対しているらしい。

全く身勝手な話だが、別にこんなのはオーストラリアに限ったことではない。


ま、話が大きくなったが
大事なことは、心の琴線に訴える偽善的デマに惑わされないことだ。
自分たちの歴史や文化への誇りも忘れて
「そうだ、そうだ、鯨なんて食べるのはやめよう」
なんて日本人がどんどん出てきたら困りものである。

これからも命の恵みに感謝して鮪や鯨を美味しくいただきたい。



参考サイト:日本捕鯨協会

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樹木の命

樹齢千年といわれる鶴岡八幡宮の大銀杏が倒壊というニュースには驚いた。

なぜなら、1ヶ月ぐらい前に僕はこの大銀杏の下にいたからだ。


大銀杏が自分の寿命を伝えていたかのように
何かに惹かれて写真を撮った。

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千年の寿命の最期と思うと残念だが
千年の最後の一ヶ月に立ち会えたことは少し嬉しい。

この木はここで源実朝の暗殺やら歴史のいろんな場面を見てきて
その最後の何コマかのひとつに
取り憑かれたように写真を撮る僕の姿が写っている。

なんか不思議な感じだ。

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撮影機:Nikon D5000