先週、祖母が死んだ。
んで、それだけ。
少なくとも“世界”にとってはそれだけだ。
私にとっては、大好きな、そして人生で一番愛してくれた存在だった。
が、『悲しいか?』と言われるとそうでもない。92歳の死を悲しむべきか否か、私にはわからない。
しかしテキは皆一様にこう続ける『後で、来るよ』と。
なぜ“今”悲しまない私に“余震”のような脅しをかけるのか、それすら私にはわからない。
ここ一週間ほど、ベランダから夜空を眺めている。
祖母の影を探しているのではない。祖母は(夜空とは逆に)“土に還った”ものと思うから。
“祖母”という足枷の無くなった私は、とてつもなく自由になったのだと思う。
そうして、生まれて初めて味わう“自由”への寂寥感に、既にうんざりしている。
祖母の居ないこの荒野の様な世界は、果たして生き延びるに値するものか、じっくり見つめ直したいと思う今夜この頃である。
ばーさん、ありがとう。
大好きだったんだよ。