それに、いつの時代もお上は“クッパ”のようなものである。ちゃんちゃん。
祖父が死んだ日は良く晴れていた。そうして通夜・告別式までずっと晴れていた。祖父は長い間禿げていて、禿頭には晴れがよく似合う。※実際映画などで雨の中崩れ落ちる様に泣いたり叫んだりする人物は大抵有髪者である。
祖父の焼き場の扉が閉まった後、私はするりと親族の列を抜け出して、祖父の焼ける煙突が見える喫煙所に座り込んだ。
間を置かず、従兄(心の兄、“姪たち”の父親)がやってきて、無言で視線を交わすなり「やっぱり考えることは同じかい?」と苦笑した。
テキが煙突からプカプカと煙を吹き出し始めたので、我々も煙草に火をつけ、ポッポと紫煙をなびかせて煙突を眺める。
幸いにも他の誰も外には出てこないので、ポツリポツリと兄貴と言葉を交わす。
ーーーじいちゃんには…ずいぶん叱られたなぁ。
ーーーじーさんに叱られたのは結局オレと兄ちゃんだけだよ、他は誰も叱られも近寄りもしなかった。
ーーー最後まで心配かけ通しちゃったな。
ーーーお互い様だよ。オレなんか三十過ぎても「ご飯をもっとよく噛め!」って言われ続けたし(苦笑)
ーーーでもさ、
ーーーん?
ーーー叱られたことが、今となっては財産なのかな?ってな。
ーーーワハハー!それは確かに!あの怖かった頃のじーさんに叱られたってのは、そりゃ得難い経験だもねぇ…他の連中には解かりゃしないよ。
ーーー泣かないつもりだったのになぁ(苦笑)
ーーーこんな時にも“父親でいる”のは、ツライねぇ…(苦笑)
ポツリポツリとした会話、焼き場の時間があっという間に過ぎて、扉を開ける音がしたのでそちらに向かう。
焼きたてホヤホヤのテキの骨を見て、またそれらが結構原型を留めている事にも驚き、係の人に問う。
ーーー骨っちゃア、こんなに形が残るモンですか?
ーーーいやぁ、このお年でこれだけ骨が残るってのは珍しいですよ!
ーーー頭が硬いのは知ってましたけど、骨自体が硬かったんですかねェ(笑)
などと軽口を叩きながら、「ヘェ〜」などと言いながらヒョイっと小骨を拾い上げてみる。係の人は「熱くないんですか!?」と驚く方が先で咎め立てはしない。そうして係の人の目を盗んで兄貴の元へ。
ーーー骨。御守りに。
ーーー持ってきちゃったのか。じゃあ、もう、食べちゃえよ。
ーーーえへへ、実はそのつもりで。では、兄ちゃんが良いならば失礼しちゃいましょ。
祖父の骨を齧る。砂場に落とした、甘味のない金平糖のようだ。ゴツゴツとして、ジャリジャリとして、まるで祖父と過ごした長い年月の様な、彩りは無くとも何気ない日常の味。
ーーーところでね、
ーーーん?
ーーーハイ、コレ。兄ちゃんの分。
ーーー食べろってか?(笑)
ーーーもちろーん♪(笑)
係の人に促された親族が次々に降りてきた頃には、骨の少しは我々の腹の中に既に納骨されていた。
焼き場からの帰り際、兄貴に声をかけた。
ーーーこれで、ずっと一緒なのかな?
ーーーずっと一緒、だな。
そしたらね、
次の日の朝が近年稀に見るような快便で、今にも喋り出しそうな怪物の如き大便を眺めながら私は「骨はどうなったのか?」と朝から首を捻ったのである。
という話を、私の沢山の“心のお母さん”のうち二人に話したところ、一人からは「アンタらしくていいねぇ」と大爆笑され、もう一人のお母さんからは謹直な顔つきで「カルシウムとして、体内に残ったと考えなさい」と言われたのでボクは「ハイ!」と力強く返事をしたのだね。
火吹き竹 高田渡
