初老バラード | 犬獣戯画

犬獣戯画

下町のロビンソン・クルーソー。
『最後の秘境は他人』がモットー。

 昨日も、車の中で、寝た。

 いや、“ネタ”じゃねぇ、本当に“寝た”んだ、昨日も。

 

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 と書きかけたままのブログに一ヶ月ほど過ぎてようやく手をつけてみる。

 書きなおそうかと逡巡もしたが、これを書かなければ今後何も書けないような気がして、加筆するものである。

 

 先月、誕生日を迎え、幸か不幸か三度目の年男を迎えることとなった。これもひとえに皆様のおかげです、とお礼を言いたい方々のほとんどはネット上には存在しないのでアレですけど。

 そうして、誕生日を迎えるひと月ほど前についに祖父から『勘当』のふた文字を言い渡された。これには見解の分かれるところもあるが、長期的に見れば“ラッキー”な出来事なのだと今は思っている。

 

 下記、先般書きかけた内容。

 

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 それは遡ること一ヶ月弱のとある朝のこと、祖父が突然「お前は生意気だ、勘当するから今日中に家から出て行け※大意」と、まァそんなことを言い出した。どうやら私の二、三の言動や態度が祖父の前頭葉の内部でクッキリとした『謀反』の形を成してしまったようで、いくらそれが誤解や言いがかりの類であったとしても、既に禿げ上がってしまった祖父の頭部の中身(早く言えば脳味噌や前頭葉)には言い訳も抵抗も脳味噌に釘、もとい糠に釘、私は怒りを通り越して呆れつつ、そうしてやはり老いた祖父の認知機能に哀しみや衝撃を受けたけれども、実際その日の24時には退去の準備をきっちり整えていた。ピンチに強くてチャンスに弱い男を名乗っているのは伊達ではないのだ。

 私は脱走に手間を食うほど愚鈍ではない、また狡兎三窟も常々心がけている私は割と気楽な気分で荷物を車に詰め込んだ後、祖父に声をかけた。

 ———ちゃんと縁、切れたよね?長いことお世話になりました。あと、最後に一言わしてもらうけど、勝手なことばっかり言ってんじゃねぇぞ、ハゲ!と言っておく。

 ———あァ!?

 ———いまさら凄んだって無駄だ。俺は俺なりにじーさんに鍛えられたよ。これからは好きにやっていくさ。

 ———ヘッ!勝手にしろ!

 ———うん、勝手に生きるよ。じゃあね、そっちはそろそろ死んじゃうだろうから、バイバイ。

 そうして私はなんとも言えない気分で母親の車を盗み実家を後にした。

 

 ひとまず何も食べなかった一日の腹をくちくして、月を眺めながらぼんやりと考えた。

 

 すぐに店を辞める訳にはいかない。人員不足の現状をテンチョーの次に知っているのは私だとの思いもあり、しれっと私の都合(ってか、年寄りの気分※注※ハゲ@ディス)で東京に戻るわけにはいかない。何より、先だって祖父から滞在許可(実家滞在ビザ)を得た上で店長の秀元に「九月の末頃までは手伝える」と約束をしてしまったのだから、その約束を反故にはできないし、したくない。

 

 では友人宅を回ろうか、とも考えたが、それもダメだ。

 確かにここは祖父だけが住まっている訳ではなく、私にとっても故郷・地元ではあるし友人も少なくない。事情を話せば受け入れてくれるであろう三窟くらいすぐ見つけられるであろうが、肝心の“事情”を話すことが憚られる。つまりそれは“私の宿”のために祖父の老耄を晒すことであって、決してフェアでないとは思わないがどうにも気が乗らない。祖父の老耄を晒すこともできないし、したくない。

 

 そうしてあれこれ考えた上で、諸々の事情はがぶりとひとりで呑み込んでしまって、このまま車上生活をしようという結論に達した。

 これは祖父と私の、おそらく最後の勝負で、しかも命懸けときたもんだ。テキは“病気”とこっちは“酷暑”と同行二人の命懸けの勝負と来たら、燃えない方が(私的に)オカシイ。私は今回の件できっちり祖父との対決に型をつけようと決意した。ひとつだけ変更点があるとしたら、今年の夏は地元で『恋とエロスの夏!』をスローガンにしようと思っていたものが『いのちだいじに!』という作戦に変更になったくらいである。

 

 眠るのが、暑い。頭が、ぼやける。身体の節々が、乾く。

 まさしく常時軽い熱中症とも思える数日が続いたが、時には第三者機関(母。私と祖父の関係に於いては“赤くない他人”程度の存在)からの吉報もあり、祖父も私を追い出してすぐに入院したそうだ。しめしめ、このまま死んでしまえ、と思ったりするが、同時に“平成の源平合戦”とも“思想の田原坂”とも“関東の二百三高地”とも云えるこの状況に於けるこの感情は第三者にはまず理解されないだろう。

 私は実際祖父の死を望んでいるし、今死んでくれれば美化する自信もある。老いた祖父が私の居ない一族内で孤立を深め、より疎まれ続けることに比べれば、するりと死んでしまう方が宜しい。何よりも後世に残る本人の名誉のために。

 

〜〜〜

 

 と、ここまで書きかけて筆が止まっている。

 実際、八月いっぱいは車中泊を続け、店の人員も安定した九月の頭に(テンチョーに話をつけた上で)東京に引き上げてきたのであるが、上記の出来事が未だにうまく処理できていない。何よりも祖父が未だ生きている(死んだという話は聞かない程度の認識)ことに納得がいかない。

 

 現代は人生百年時代だそうである。

 織田信長のように『人生五十年〜』と数えたとしても私は“初老”には少し若過ぎて、卒寿の祖父は“初老”より随分老い過ぎた。

 『カーラジオから聴こえてきたノイズのような、そんな二人の切ない夏だったのかもしれない…』と探偵物語の次回予告(松田優作風)に締めてみたいのだが、いろいろと如何なものだろうかとは思う。

 

 

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