ちょうど一年くらい前のブログにも書いた親友のシモンが東北に行ってしまう期日が迫り、とりあえず花見がてらに送別会を開くことになったのが丁度一ヶ月前くらい。
花はまだ開花したばかりであったが、蕾を眺めるのもまた楽しかろうと御徒町から上野のお山に向かう。
「只野は?酒」
「オレは焼酎持参してきたよ。ところでその“酎ハイ”的なソフトドリンクはなんだね?」
「酎ハイだって一応酒だよ。俺、飲めなくなっちゃったなー、もともと強くもないけど」
「花見にソフトドリンクを持って行くなんて、まぁお子ちゃまだこと」
そんな話を行きがけのコンビニでしながら、とりあえず上野のお山を登る。
「池の方は結構咲いてるけど、山の上だとまだチラホラなんだねー。標高差、って数メートルで変わるんだな」
「でも池の方は寒いべ。いいよ只野、適当に座れるところで座ろう」
「座るところは慎重に選んでくれよ、なにせオレは痔だからな」
そうしてシモンが選んだ場所は、座り心地の良い、石。痔に冷えが大敵だとかそういったことは一切念頭にない辺りがまた好もしい。
「あ、ツマミ買ってくるの忘れちゃった。」
「オレはツマミは食べませーん」
「そーだったね。あ、あそこにスタバがあるけど、何か売ってないかな?」
「スタバでツマミが売ってるって話は聞いたことがありませーん」
「でも…ま、覗いてくるわ」
とスタバに向かうシモンがなんちゃらフラペチーノを片手に持って帰ってきたときにはちょっと苦笑した。
とりあえずの乾杯の後「出会ってからもう二十年かー」という一言っきり、感慨に近い沈黙の時間が訪れた。
私は私なりに思うところがあって、というのはシモンは高校時代(私が最初に行った高校)の話をほとんどしない。
過去の話の断片を切り紡いでみるに、どうやら何事かのトラブルに巻き込まれたことが原因で、今では高校時代の連中とは一切連絡を絶っているようである。
だが私個人としては、その種のトラブルに対しては私の名前さえ出せば一切こじれることなく本人もストレスを感じることが無かったはずなので、後年その話を聞いたときに「なーんでその時オレの名前出さなかったのー?オレが口きけばなーんも問題になるようなこっちゃないのにー」と言ったのだが、その際にシモンが「いや、あそこで只野の名前を出したら解決するのはわかってた。わかってたけど、そうしたら、俺、一生只野と対等な付き合いが出来なくなるって思ったから」と言った。私はそれを聞いて『ふむ、どうにも“漢(おとこ)”だな』と感心するやら何やらで、だから今の対等な関係が築けているのはその時のシモンの健闘のおかげなのである。
「ところでその背中のギター、わざわざ持ってきたの?」
「わざわざ、ってほどでもないけど。酒飲んで歌っていれば幸せな男だからな、オレは。あなたはカットバサミ持ってきてないの?」
「いや、飲み会になんでカットバサミ持ってくるんだよ!」
我々の会話は“旅立ち”を避けるようで、でもそれが一番切なくもあり。
しばらくすると視線を感じて、どうやら向こう側に外国人と思しき一団がこちらに関心を持っているようなので、「Hey!We can go to your side?」というデタラメ英語で意思の疎通を図った上で、シモンと二人で彼らの元へ移動した。
どうやら彼らはカンボジア(だったかな?)から来た六名様の団体で、皆英語がぼちぼち話せる上に、中の一名は普段日本で働いているようなので、コミュニケーションを取る上では特に不便はなかった。
「“乾杯”ってのは、そっちの国ではなんて言うのん?」
「“チョロモーイ”ト言イマス」
「よし、じゃあみんな、チョロモーイ!」
と気炎を上げてチョロモーイ(乾杯)。
シモンが探していた“おつまみ”も彼らのところにあったので、勧められるままに遠慮なくいただいて、その代わりに「ギターデスカ?日本ノ歌ヲ聞キタイデス」というリクエストにお応えして、私が適当に何曲か歌った。
都度都度に“チョロモーイ!”と挟んで、まぁ楽しい時間を過ごせたし、結局ヤッコの送別会は吹っ飛んだとも考えられる。
夕方の風が冷たくなった頃、カンボジア軍団も掃け、シモンとも別れる時間になってきた。
「オレ、次このまま上野で別の飲み会があるから、ここでバイナラだよ」と言ったのは御徒町の交差点の信号あたり。急に別れの実感がこみ上げて来た私は、思わずシモンにハグをした。
「おい、只野!なんだ、泣くなよ!」
「寂しくナリマス…」
「俺までやばいって!!」
「チョロモーイ…」
「乾杯してる場合じゃねぇだろ!」
というシモンの声が次第に涙声になってきた辺りでツンデレなアタイはシモンから身体を離して、「まぁ、もうしばらくお前の顔見たくないわ。あっちで元気にやれよ。あと、あっち(東北)だと日本酒とか飲むんじゃないか?ソフトドリンクは卒業してチョロモーイしなきゃダメだぞ!」とたたみ込むように告げた。
そうして我々は固い握手をした。あくまでも“対等な親友”として。
「負けんなよ」
「おうよ」
握手の手を二、三度上下して、ハイそれまでよ。
だがしかし、そこでタイミングよく信号が赤に変わり、ちょっと気まずいムードの中でシモンが呟くように言った。
「俺、只野と友達で、良かったよ。只野と一緒に居ると、いつも何が起こるかわからないしな。俺、今日のことがなかったら、多分カンボジア人とチョロモーイしないままの人生だったと思う」
そう言ってシモンは鼻をすすったが、おそらくあれは花粉のせいであろう。
去って行く後ろ姿を見送るのは趣味ではないが、その日のシモンの背中はずいぶんと大きく見えた。
