先日、とある駅前の喫煙所にて視線を彷徨わせていると、いきなりステーキの前に行列ができていた。私は待ち合わせがあったのでしばらく煙をたなびかせながらボーッとその列を眺めつつ時計に目をやると、おそらく最後尾は10分以上並んでいるようである。
10分も並んで“いきなり、ステーキ”とはこれ如何に!?などと思いつつも、本人たちは別段疑問符のついた顔つきはしていなかったので此方も口出しなどはしない。
そもそも私自身が他人から口出しをされることを極端に嫌う体質で、故によほど気心の知れた相手以外には自分の生活状況や悩み事等諸般の話をなるべく口に出さない。意外だと思われる向きもあろうが、私は日常的には聞き役の場合が多く、だから相槌が得意でもある。昨今は根本敬御大のお言葉に沿って“リズム相槌”と“ベース相槌”を巧みにコントロールして相手の話をうまく展開できるようにもなってきた。まさに一人ビッグバンド、乃至は人間カラオケである。
だが中には特例も居て、私が東京に来てから偶然知り合った地元の先輩のピロキ(敬称略)はその一人である。※私は先天性協調性不全症だから“先輩・後輩”という間柄を生理的に受け付けて来なかったが、学生時代に人生で唯一“後輩”と呼べる男(天然パーマ)が出来たりもした。
ピロキ(敬称略)は、私に愛のある説教をしてくれたりするし、基本飯の金は私に出させない。余計な口は挟まないが要所要所でのアドバイスや諫言をしてくれ、その事を大変ありがたく感じている。
こんなことは私にとっては本当に例外中の例外で、私自身「センパーイ!」とピロキに寄っていく自分の新たな一面を知って驚いていたりもして。『意外と“後輩役”も出来るんだねぇ』なんてね。
昨夜は仕事終わりにピロキと夜桜見物に行ってきた。
着座できる場所を見つけ、座り込むとほぼ同時に無意識でタバコに火をつけた私にピロキがこう言った。
———タバコは、やめとけよ。嫌いな人は嫌いなんだから。
———そっすか?そっすね。
そう応えて素直にタバコを消す自分にまた驚いたりなんかして。
その席が八時半には終うというので、ちょいと場所を移動して、ロケーションの良い場所に陣取り直して川を見つめて居たら水上バスがやってきて、降りてきた団体さんが集合写真を誰彼と撮ろうとしていたので、ふといつものクセで「おとーさん!シャッター押すから入りーな!」としゃしゃり出て、酒や花や女(おとーさん方と同年代の高齢女性)で脳みそが佃煮状態になった福島から来たという一団から口々にお礼やハイタッチを受け、席に戻ると先輩が爆笑しながら「いい事したなぁ」と褒めてくれて、地味に嬉しかった。
そうこうしているとまた新たな水上バスがやってきたので再度集合写真の撮影家になったワケだが、こちらの一団はちょっとさっきのおとーさん達とは違って、ヤンチャっちゅーか、降り口でワチャワチャ群れ連んで居てあんまり柄が良くなかった。
———これで、カラんでこられたらどうしようかな。
———んー、センパイがカラまれたら、ボクがなんとかしますー。
———俺は三人が限界だぞォ。
———えっと、残り二十人くらいすかね?ボクがなんとかしますよ。ぼんぼん川にぶん投げてやりましょー。
などと話をしていたら、どうやら彼らの中でも一番の腕自慢らしき若者がバンバン周囲を殴り出したので、ちゃっとそちらに飛び込んで「おにーさん、記念にオレにもそのパンチくれてくれ!」と言ったら、テキさん一瞬驚いた顔をしつつも肩パンをバンバンくれて曰く「俺、高校のインターハイでボクシング、三位!」と息切れしながらほぼ片言の日本語を発したが、私のノーダメージ(装甲がスーパーロボット系)を鑑みればなんてこたァない。これくらいだったらうちの地元の連中の方がよっぽど攻撃力が高いな、とは思ったがやはり口には出さずにおいた。
席に戻るとやっぱりセンパイが笑っていて、やっぱり、なんだかとても、嬉しかったんだなぁ。
この歳になって痛感するが、やはり持つべきものはIQより愛嬌だなぁと改めて思う。
今後もこのペースで生きていく。空気とか、読めないんで。
