大都会の真ん中をびゅうびゅうと音立てしビル風吹きすさぶ中次々と来たりしコンテナより降ろされし重き荷物を二人で運んでは戻り運んでは戻り各々貨物の総量知りたけれど次々と来たりしコンテナを横目に其れを口には出さず次第に思考は停止し重き荷を只淡々と運んでは戻り運んでは戻り乍らもふと頭の片隅に思い浮かびし雑念は詰まる所現代の技術力を以ってしてもピラミッドを作ることは困難だと言われて居るが我々の如く思考を持たぬ数多の労働者が日々兎に角作業をしていればピラミッドは人力で作成出来ると確信した。
さて、しょっぱなをうろ覚えな記憶で野坂昭如風にしてみたけれど、どうだろう。正直あんまり覚えていない。
最近外仕事がツラくなくなって来たなー、と思っていたら、東京でも先日どうやら春一番が吹いたそうで、そりゃアあったケぇわけでがす。先日も現場の帰り路にふと早咲きの桜が咲いているのを見つけたりして、あー、待っていた春が来たなぁ、なんて思って気持ちもほっこりとしている。
“春”という出会いと別れの季節に対しては、私のように彼方此方を飛び回って来た身としては少なからず感慨深いものがあり、出会いと別れが走馬灯のように目まぐるしく思い起こされる。
うら若きあの日、私に「これを私だと思って大切にしてね!」とエルモのぬいぐるみを渡してくれたあの娘は元気にしているだろうか、と二十年前をおも出だすような遠い目をしてみるものの、一昨日LINEが来ていたから元気なんだろうな。
———だから、このエルモ、大切にして!
———嫌だよ、カノジョがこんな毛むくじゃらなんて。
———そうじゃないのさ!私がエルモが好きだから、一緒に居れないときはこれを私だと思ってね、って気持ちでしょ!
———んー…こんなに赤いヤツを、あなただと、思えと?
———もーいい!ホント嫌い!
なーんて、思い出してみたら典型的な高校生のカップルの莫迦話でしかないが、女心がわからないのはその当時からだったんだなぁ。まさに栴檀は双葉より芳し。
来月から他県に移住する美容師の友人との別れに際して、彼の作業でしばらくずんだれて伸ばしていた髪の毛を切ったり巻いたりした。髪の毛を切った日はいつも気分の良いものだが、春風が身に心地よく、爽快感も三割り増しだった。※ちなみに彼とは月内にもう一度会えることになった。別れかたもお粗末の感が拭えない。
それにしても、恋愛的な話で云えば私の冬がちょっと長すぎるように感じる。最後の恋人と別れた時点でひとつの春が終わり、夏が過ぎ、秋を越え、春を待つ冬がもう何年続くだろう。
美容師の友人がカットをしながら尋ねる。
———結婚願望とか無いの?
———無いなぁ。というか、独り暮らしが長過ぎて、他人と生活をすることを生理的にもう受け付けないと思う。
———だったら“カノジョ”は?それだったら欲しいでしょ?
———でも、メンテナンスの手間がかかるんだったら、面倒クセェなぁ。
———どーしよーもねぇなぁ(苦笑)
まだまだひとりでフラフラしていたいので仕方がないっちゃあ仕方がないと苦笑せざるを得ないが、それでも「彼女欲しい」という言葉を念仏のように唱えることをやめてしまったら、と思うと背筋にヒヤリと来るものがある。
エルモの春は(どうせ今年も)なにもない春です。
【襟裳岬 森進一】
