穴とおじさん | 犬獣戯画

犬獣戯画

下町のロビンソン・クルーソー。
『最後の秘境は他人』がモットー。

 ———なんでアンタ日雇いなんかやってまんのや?

 ———いやぁ、どうにも気楽なもんで(笑) そもそもあんまりゼニに興味がないんですかねぇ。

 ———ゼニに興味が無いィ?ほんで、コレ(小指を立てて)わいな?

 ———これがまた、長いこと固定の相手が居ないんですよねぇ(苦笑)

 ———なんや、アンタ、アンタのその能力ぜーんぶ持ち腐れやで?まだ35歳やろ?稼ぎどきでオナゴも寄ってくる、いっちゃんエエ時やないか。それがなんや、ゼニには興味がない、オナゴにも興味が無いて!

 そうして一息ついて曰く、

 ———ええか!人生ゼニ儲けとオメコやで!

 と私にイイ説法(説教を超越したもの)をしてくれたのは、二年ほど前に電車の中でたまたま言葉を交わしてそのまま一緒に飲みに行った80歳オーバーの、会社をいくつも経営しているエライじーさまで、先だって久しぶりにご尊顔を拝謁に伺った際に拾った名言。

 ゼニ儲けとオメコにあまり関心を持っていない私からすれば180度価値観が違うっちゃあ違うのだけれど、その迫力というかダイナミックさにはつい頓首せざるを得ないものがある。

 

 これも私の自説のひとつであるが、日頃から「“神”とは“タイミング”である」と感じたり考えたりする場面が多々有って、ふと思い出した一例として、数年前にヤフオクで大きな荷物を購入したのでレンタカーで品を取りに伺った際に何故かそのままお家に泊めてもらったりするような機会があった時には「あゝ、今日も神様がイイ手配をしてくれたなぁ」と深く感じ入るものがある。そうしてそれから現在までその方と年賀状をやりとりすることが続いて、先年久々に再開した折にはお寿司をご馳走になったりした。

 まったく私の周辺に渦巻く人間関係は実に“ひょんなこと”の連続であるから、他人に誰かとの関係性を説明するのが非常に難しい。ま、“ご縁”の一言で片付ければいいっちゃいいんですケドね。

 

 そんなこんなで時折『アガスティアの葉』について物思う時があって、これは何かというとインドのどっかに『アガスティアの葉』というものがあって、その葉っぱには全ての人間の運命が記入されていて、その葉っぱを読み取るためには幼い頃からの長い修行が必要で云々。※説明終了

 要は、私が考えるところとしては「こんな妙なことも、オレの“アガスティアの葉”には書いてあるのかなぁ?」という部分で。例えば先日のブログで書いた一文(私は基本的に勢いでしかブログを書かないので大抵の内容を覚えていない)に『その時私の脳内におかきの残骸の未だ残りしや否や。』というものがあることを発見(本人はもちろん忘れていた)した時などに「こんなことを書くこともオレの“運命”で決められていたのかなぁ?アガスティアの葉に書いてあるのかなぁ?」と思うわけ。

 踏み込んだ言い方をすると、もし仮に“神(仮)”という存在が宗教・宗派を超えた形で実在するとするならば、やっぱりソイツはカタギではないと断言できる。いや、カタギでは務まらない職業である、と言ったほうが近いか?

 

 そんな私、自宅に置いてある実父の位牌の脇にTENGAを飾ってありまして、これは昨年の一時期実家に戻っていた頃にちょっとした小遣い銭が入ったので自分へのゴホービとして買ったは良いものの、流石に実家で使用するわけにも行かず、かと言ってせっかく買ったのだからせめて持ち歩いたりしようと思って、どうせ持ち歩くならあちこちでTENGAを収めてそのまま記念撮影をしようとか思いついたままマイブームでしばらく持ち歩いたり写真を撮ったりしてるうちに(風景写真から始まり、最終的には危篤の最中の祖父の枕元にも置いて写真を撮ったりした。だいぶいろんな友人からは「流石にそれは人としてダメだ!」とバッシングを食らったが、兄貴と、兄貴の先輩(二十年ぶりに再会した)に見せたら二人とも大爆笑した挙句、兄貴の先輩から「お前が変わってないことが嬉しいよ!」と言われたので本人的には良しとしている。また日頃暴君な祖父への軽い意趣返しでもある※こうやって私の話はどんどんズレていく)続き→愛着が湧いてしまって生娘(未使用)のまま引っ込みがつかなくなり、なんとなく今は仏壇に『家具』として配置されているものなのである。

 意味、わかんないでしょ?なぜなら自分でもよくわかっていない。でも正月の頃にはTENGAってちょっと紅白模様っぽいからある程度の目出度さを感じたりはした。

 先般拙宅を訪ねて来た友人がそれを発見して「なんだこりゃ?」と言うので事の顛末を説明したところ、

 ———まぁ、そう言われてみれば“リンガ(ヒンズー教の道具)”に見えなくもないな。TENGAと名前も似ているし。

 とある程度の納得はしてもらえた。まさしく類が呼んだ友である。

 

 それで今夜も風呂上がりにボンヤリと位牌の脇のTENGAを眺めていたら、ふと「あー、やっぱり人生TENGAをたくさん買える程度の“ゼニ儲け”と“オメコ”なのかもなァ」などと感じたりして、そんな中年の入り口のとある宵、少々お疲れ気味で乱文誠に失礼致しました。おしまい。

 

 

【花と小父さん】

{69AAD613-9B58-4CFF-995A-0D6CB483C7D4}

 

そんな祖父と私の関係は『トムとジェリー』のようなものである。