ざんげの値打ちはない | 犬獣戯画

犬獣戯画

下町のロビンソン・クルーソー。
『最後の秘境は他人』がモットー。

 以前なにかの本で、中世ヨーロッパでカトリックが広まった理由のひとつに『“懺悔”というシステム』が大きな役割を果たしたとの話を読んだことがある。

 “人間”というあまりに弱い一茎の葦は“罪”をひとりで抱え込むには余りにも弱い、というところにつけ込んだ、っちゅー話で、なんとなく納得のできる説だと思う。

 

 かく云う私が昔からどうにもカミングアウトされやすいタチで、何故他人が私のような人間に様々な事を“告白・懺悔”していくのか、これは個人的に長年の謎ではあるのだが、昔勤めていた大所帯の職場での私の異名(陰口?)は『現世の番人』であったらしく、皆はそれなりにそれを納得をしていたようである。※実際にその職場でも多数人から色々なカミングアウトをされた覚えがあるが詳細は忘却の彼方。

 これもまた個人的な仮説のひとつではあるのだが、私の根本的なところでの「他人(自分と別の個体の意)に興味が無い」という部分が、どうやら他人には「他人の生き方を否定しない」という “良い誤解”に繋がっているのだと思う。しかし立川談志曰く「人間関係は“良い誤解”と“悪い誤解”しかない」そうだから、まぁそれはそれで仕方がないことだと抗わずにいる。

 

 だが、これがまた私の欠点であり、同時に他人には長所のように思えるらしいのが、他人の話を覚えられないという致命的な点。誰が不倫していて、誰が同性愛者だとか前科者だとか、現在進行形の薬物中毒でも、部落出身・在日なんとか人・果ては他の星から降りて来ている等々、実に何でも御座れの“解毒の総合商社”の感もあるが、これをいちいち覚えていたら私の容量の少ない脳みそはすぐに爆発するだろう。それで細かく人の話を覚えていない(場合によっては聞き流すだけ)ことが、逆に「只野さんは口が固い」みたいな評価に繋がってしまい、誠にややこしいとしか言いようがない。

 故に、時として以前私に何かをカミングアウトした人間から「ホラ、俺○○じゃん?」とその前提を根本とした話を振られた際に「へ?そうだったっけか?(完全に忘れている)」と言うと大抵気分を悪くされるが、そんなことは私の知ったことでは無い。寧ろ私の脳みその容量をキープしようとするんじゃないよ、と言いたい。

 

 先だっての忘年会で友人のポルトと酒を舐めながらそんな話をしていて、私が、

 ———だってさ、カミングアウトの話って、大抵展開がないじゃないか。

 ———展開、ってどういうことだよ。

 ———つまりだな、まず、ヤツら、“サビ”で入るだろ?こっちはそれを“Aメロ”だと思ってるから、“Bメロ”で発展して“サビ”、ってのを待ってるのに、だいたい「それで?」って“Bメロ待ち”の合いの手入れると、すでに“サビ”は済んでたりするんだよな。こっちゃア肩透かしだよ、マッタク。

 ———お前はよくカミングアウトされる割にわかってないなぁ。いいか、カミングアウトは“サビ出”が基本だぞ!

 ———マジですか?!

 ———マジです!

 ———そうか…これでまたオレ、人間に一歩近づけたかな?

 ———そうだな、これからも日々人間に近づく努力をしろ。

 なんて、そんな話をしていて、だから私は「カミングアウトは“サビ出”が基本」ということを心がけて2018年を過ごしている。

 

 これに輪をかけてややこしいのが、日雇い人夫なんぞ殆どが色々ワケ有りだから、マナーとして相手の以前の経歴などに踏み込まないように日々心掛けているのにも関わらず、やっぱりちょっとしたカミングアウトをされやすいことで、これはこれで表に出せないことが多いので特には触れられないが、やっぱり体質なんだなぁと思わざるを得ない。

 

 最近継続して入っている現場で時々顔を見る別の会社の人夫のSさんという若者もそのひとりで、何度か現場が重なるうちに軽い冗談を言い合うようになり、先日ついに二人で昼食を摂ることになった。

 コンビニ弁当を平らげて日当たりの良い公園のブランコに二人揺れていると彼がふと真剣な眼差しになり、「実は…」と語り始めた。要約すると、大学を卒業した後に努めた職場(焼肉屋さん)が相当ブラックな会社で、身も心も病んで今は実家で闘病をしつつ社会復帰をしたいのだとかそういう話で、カミングアウトとしては軽い部類のものではあるが、かといって見ず知らずの他人にいちいち語ることでもない。

 私は内心「来たな、これが“サビ出”だ!」と思いながら一通りその話を聞いて、サビが終わった辺りで話を外らせようと思ったものの、つい焼肉屋さんの話が心の釘にひっかかったようで、口をついたのはこんなセリフだった。

 ———グラム98円だったら、オレもそこそこ物体として価値があると思うんだけど、人肉はもっと単価が安いかなぁ?

 彼は一瞬不意を突かれたような顔つきをしたが、そこは元接客業、するりと切り交わして曰く、

 ———人間でも部位によるんじゃないですか?

 ———そうかー。じゃあやっぱりオレみたいな肉よりも、女性の方が値段高いんだろうなー。

 ———そうですねー。なんとなく、そんな気はします。

 ———おっぱいはさ、巨乳と貧乳だったら、やっぱり値段変わるよね?

 ———いや、価値は一緒なんじゃないですか?

 ———でも、一頭、ちゅうか、一体から取れる乳房は基本二房でしょ?だったら、価値がおんなじ分、やっぱり量が少ない方がグラム単価は高いんじゃないかい?巨乳は脂身が多そうだし。

 ———まぁ、言われてみれば確かに。でも食べ方も変わってくると思いますよ、大きさで。

 ———あー、さすが元焼肉屋さんだねぇ、素人のオレとは目の付け所が違うな。確かに巨乳は焼いて食べる方が良さそうだけど、貧乳は刺身のまま生姜醤油でペロっといけそうだもんね。

 ———ちょっと熱を通すと香ばしさも出ますしね。

 こうなってしまうともう私の独壇場で、結局その公園を出る頃には「一番食べがいがあり、かつ平均的に単価価値が高いおっぱい(ステーキで言うところのサーロイン的な)はB〜Cカップ」という結論は出たものの、彼の“カミングアウト”がさらっと“カニバリズム”の話になったことについて人倫としてどうかとは思わないでも無いし、せっかく話を切り出してくれた彼に対して若干の申し訳なさを今更ながら感じている。

 

 その帰りしなのバスの中で、彼が冗談の合間に目を細めながら「でも、実際先のこと考えると、心配っちゃあ心配ですけどね…」と言ったので、つい私も先ほどの失点を取り戻そうと、

 ———いや、人間死ぬ時が決算書だから、まだいろいろ考えるには早いと思うよ。

 ———そうですかね?

 ———そーだよ。死ぬ時、閻魔大王に会ったら向こうさんが勝手にアレ(何にも指していない物言い)してくれるから。ところで、閻魔大王って、両手で握ってるだろ?あれ、何を握ってるんだと思う?

 ———何ですか?わからないっす。

 ———(何故か茨城訛りで)あれはナ、パスタを150gちょうど計ってるンダ。

 ———あー、確かに150gって計りづらいですもんね(苦笑)

 ———ま、こんなワタシでもこの年まで何とかやってこれてんだから、アナタのような真面目な若者は大丈夫だと思うよ、という話ダ。(茨城訛りは抜けず)

 そうして彼はわかったようなわからないような顔をして帰って行き、私は私という存在のあまりの軽さに改めて呆れつつ、反面『閻魔大王がパスタ計ってる、ってのは我ながら面白かったな』とニヤニヤしながら帰宅した。

 

 しかし翌日、彼が昼休憩の際に「只野さん、ご飯行きましょ!」と声をかけてくれた際の表情は昨日よりも少しだけ明るかったようにも感じたので、これはこれで反省して良いものやら少なからず迷っている。

 そんな私の好きな言葉のひとつは『天使は自分のことを軽いと思っているから飛べる(チェスタートン?だったかな?)』というものである。だがやはり私にざんげの値打ちはないと思う。

 

【ざんげの値打ちもない 北原ミレイ】

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イイ顔。