ボクの宗教に入ってみないか?・後編 | 犬獣戯画

犬獣戯画

下町のロビンソン・クルーソー。
『最後の秘境は他人』がモットー。

まあ 私の母は“自称・無宗教”の人で、私が幼少の頃より折に触れ「私は無宗教だから○○なんてしなくていいんだよ!」と開き直っている。

 私の考えでは、本当に『無宗教』を自称したいのであれば、あらかた様々な宗教の教義について(最低でも三大宗教+日本の神道、日本仏教宗派の大まかな念仏の違いくらいは)学ばなくてはならないと思うのだが、彼女に“勉強をする”という素質自体がない。だから彼女が私の(金銭的に)不安定な生活を軽んじるように、私も彼女の“勉強をせずに直感だけでモノを言う”という生き様を軽んじている。

 母は母で「あの子は本を読みすぎて頭がおかしくなっちゃったんだよ!」と言い張っているし、私は私で「自分を産んだ女だからといって必ずしもその子供のことを理解できる理由がないだろう」と常々公言していて、まぁ言い分なんて結局イーブン、お互いがお互いを軽んじている関係として我々の親子関係は成立していて、余人が関わりさえしなければさしたる問題でもない。

 

 そんな母ももう還暦を過ぎ、最近とみに衰えを感じる場面が多くなった。

 ある時、我々親子共々お世話になった方のお通夜に出た帰りに、ふと彼女に聞いてみた。

 「ほら、あなた“無宗教”なんでしょ?だったら葬式とかどうすればいいのかね?」

 「私ゃ葬式なんて要らないよ!うっちゃっといてくれよ!」

 「いや、勘違いをするなよ。“葬式”というのはあくまでも“生者”のためにあるんだから。それに道路に死体うっちゃっとく訳にもいかんじゃないか。だからね、オレもちょっと“無宗教バージョンの葬儀”について考えてみたんだけど…」※以下提案内容。

 

 ・まずは一番尊重すべきは六十数年通して来た(であろう)母の“無宗教”というポイント。なので坊さん等は呼ばないし、皆には普段着で参加してもらう。(垂れ幕の代わりに黒と白のラインのTENGAを後ろに並べるという手もある。再利用できるし※私都合)

 ・仮喪主は長男の私が行う。なお集まってくれた方々には「故人は明るい性格だったので、笑って見送ってやってください」という挨拶をする。※実際BGMに『帰ってきた酔っぱらい』を流したりして、あの手この手で参加者を笑わせにもかかる。

 ・儀式開始後、棺桶的なものに入れた母の遺骸(無機物)の前で、竹箒的なものの先っぽに火をつけたもの(オズの魔法使いの悪い魔女が持ってたアレ)を持って、それを振りながら私が歌ったり踊ったり(歌はハワイの民謡的なヤツで、踊りはアフリカ系のものを想定している)して、参列者はお焼香代わりに並べられたキットカットを半分ずつ食べる。

 ・死体(無機物)処理の方法として、一応焼き場は押さえておく。なお焼き場に入れる時の挨拶は「故人は料理が得意でよく皆に振舞っておりました。なので、通常2時間で焼き上げるところですが、とろ火でじっくり4時間かけて参りたいと思います」との挨拶の後、待機の4時間は酒宴を催す(この間に代行サービスも手配をする)。

・  その他にも“無宗教”を尊重したきめ細やかな配慮・サービスをする等々。

 

 私は自分の葬儀プランにだいぶ満足していたが、それを聞いた母は大激怒。

 「あんたは人が死ぬことをなんだと思ってるんだ!」

 「個体の無機物化。だってあなた無宗教なんでしょ?」

 「もーいい!あんたなんかには任せない!」

 「ふーん。あのさ、知識も覚悟もないままで“無宗教”とか言ってるとバカだと思われるよ。まぁ実際“バカ”だから『思われる』というより『バレる』という方が正解だろうけど」

 「いい歳してフラフラしてるあんたの方がよっぽどバカだよ!」

 そう言って私が丁寧に考えあげたプランは水泡に帰したし、このような冗談半分の会話にいちいち上気する母を一層軽んじるようになったのは言うまでもない。

 

 そんな色々アレな私だが、最近一部の身近な人々に「ビリケンさんに似てきた」と言われる。あの笑顔の頬のぷっくり感がちょうど良く似ているようだし、お肌もつやつやだから日光を浴びていると「神々しい感じになっちゃってるよ」と言われたりもする。ふむ、今年は正月早々賽銭もぶつけられたし、これはこれで『NPK8,000,000(ニッポンの神・八百万、秋元康プロデュース)』に新規入会でもしてみようか。日本の人口のうち八百万だったら入れないこともなかろう。

 

 そういえば、結構前に専属軍師のポルトが「俺が人生で本当に行き詰まったら、お前付き合ってくれよな」と言い出したのを思い出した。

 ———付き合う、って、何するだよ?

 ———宗教法人を立ち上げるんだよ。お前は開祖で教祖な。

 ———それ、オレは何をするんだ?

 ———俺が欲しいのはお前の妙にパンチの効いたその外見だけ。だから、座ってるだけで、喋っちゃダメ。お前が喋ったらカリスマ性、パーになるからな。あとの事務的な金のことは全部俺がやるから。

 ———喋っちゃダメ、ってのはキツイなぁ。一番苦痛じゃないか。

 ———でも、儲かるぞー。

 というような話だったので、二、三十年後、私はどっかの新興宗教の開祖にさせられているかもしれない。

 入口玉仁三郎とか、そんな人をおちょくった名前の開祖がいたらそれが私の宗教です。このブログを見てきた、という方にはお布施の30%割引券をお渡し致しますので是非お気軽に道場までお越しください。

 

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教義は上記のビラをご参照ください。※まず自分が読めない。