昨年末の頃、大学の恩師かつ兄貴分(恩師2:兄貴分8)と酒を舐めながら“クリスタルな人々、またその世界観(※純粋で、真っ直ぐで、視野が狭い善人)”についてのワルグチを言っていたら、兄貴分から「そうだなぁ、確かに犬スケにはクリスタルな世界は合わないよなぁ。何しろオマエは昔から“娑婆”が好きだからねぇ」と言われ、『我が意を得たり』とばかりに私は頚椎に損傷を受けない程度に大きく頷いた。
そうなんです。ワタクシ、どうにも娑婆が好きでして。
正月明けに所用で金町・柴又の方面に向かうことになり、ついでにその近くに住んでいる年上のオネーサマ(実際は三十歳くらい年上のオバアチャン)とデートをすることになりましてね、二人で柴又の帝釈天にお参りに行った帰りに柴又駅前の宝くじ売り場で大声で騒いでいる生き物(これはご酩酊中の野良のオジイチャン)を発見し、二人でしばらくそのやりとりを眺めていたところ、どうやらヤッコは宝くじ売り場の女性の愛想が悪いとご立腹の様子。
そうこうして一通り騒いだ後、ヤッコが一言こう言った。
「そんな無愛想じゃ…俺は、夢を買いに来てるんだぞ!」
そして踵を返したヤッコが何故か私の方に向かっておいでなすってね、酒臭い吐息と共に「そうだろゥ?」と私に問いかけてきた。こういう場面には慣れっこな私は「そーゆーモンかい?」と微笑まじりに応えたが、結局あのオッサン、夢に成れたんだろうか、なんてことを今日思い出した。
上記、やっぱり娑婆は堪らんなぁ、という一コマ。
話は変わって、年末頃からよく入るKという会社の現場にはHさんとOさんという人が居る。
Hさんは私と年頃は変わらないくらいかなぁ?何処にでも居る“イジメっ子体質”の人で、こちらは私的には特に個体としては興味を持つ対象ではない。
そして、Oさんはだいぶご年配(七十歳過ぎではなかろうか)なんだけど、Kという会社の中ではHさんは正社員でOさんはアルバイトという関係なのである。※どんなに小さなつまらない場所であっても“ヒエラルキー”はどのような所にも存在するという好例。
そんでね、HさんがスゲーOさんにキツイのさ。指示の出し方や物の言い方どころの話ではなく、「耳が遠くて聞こえねぇのかクソジジィ!」とか「殺すぞ!」とか、もうパワハラそのもののやりとりが日常茶飯なワケ。長幼の序とかそんなものの入り込む隙間もないくらい建て付けの良い関係と言うのかなぁ。まぁ“人間観察”としては非常に貴重なやりとりなんだけど、内心では少なからずOさんに同情をしたりする部分もあるワケだ、私としては。
だが、私が頻繁にその現場に出入りするようになってしまったので、最近では場合によってはHさんからのヒステリー(すぐ叫ぶのだが、声が高いため、本人がヒステリーを起こせば起こすほどモスキート音に近くなる)をOさんと一緒に私も被ることがあるワケですよ。もちろん怒鳴られて愉快な気持ちにはならないが、内心では『別にプライベートで此処に居るワケでもないからなぁ。銭に頭を下げているのであって、別にHさんに頭を下げている訳でも無いし』と特には気にならない。
そんな或る日、HさんとOさんと私の三人で一日作業をすることになり、案の定Hさんのモスキート音が私まで浴びる浴びる。浴びるが実際よくは聞き取れない、ってのは置いておいて、まぁ正直気分は良くないですワナ。でもどちらかというと、時々その現場に入る私はまだ良いが、日頃からHさんのモスキート音を浴びせられているOさんの心情を慮りなんともやりきれない気持ちになった。
そうこうしているうちに、休憩時間に便所(おトイレ)に排尿に向かおうと思った道すがら、たまたまOさんと一緒になり、Oさんが便所の入り口で「アンちゃん、大丈夫か?Hさん、言い方キツいから大変だろうけど、気にすんなや」と私に声をかけてくれた。私が心配しているつもりが、まさか私が心配されているとは思わなかったので、一瞬驚いた。
そして便所の入り口から小便器(二台)に向かう数秒の間にOさんが「俺もさ、(Kに)入った三年前の当初は色々心配もされたさ、Hさん、言い方キツいから、大丈夫か、ってね」、そういって二人で連れション(排尿を伴う行為)をしながらOさんはこう続けた。
「でもな、俺はその時こう言ったんだ。『Hさんは俺の“砥石”です!俺を磨いてくれる“砥石”です!』ってな!」
そう言ってOさんはイイ顔をしながら身体を一つ震わせて小便を切った。
その日の帰途、疲れと眠気に朦朧としながらも、なんとなく私はこう思ったのだよ。
『娑婆はオレの“砥石”だ!』ってね。
以上。ちゃんちゃん。
