砂の謄本 | 犬獣戯画

犬獣戯画

下町のロビンソン・クルーソー。
『最後の秘境は他人』がモットー。

 先だって弟より連絡があり、二年ほど前から同棲している彼女と籍を入れることになったらしく、記入途中の婚姻届に“本籍地”の記入が必要であるとの旨で、それの確認の電話であった。

 あくまでも『本籍地の確認』の電話であって『結婚の報告』では無い辺りが私の弟らしくて好もしい。かくいう私自身が自他共に認めるマイペース人間であるが、私のマイペースに人生規模で巻き込まれないために弟は「兄を避ける」のではなく「更にマイペースで生きる」という選択をしたのだと思う。自分で言うのもなんだが、私は『マハトマ(偉大なる)反面教師』と呼ばれるべきであろう。

 

 その後、どちらにせよ戸籍謄本の原本が必要であるということが判明し、それを入手・郵送した際に、私も普段意識しない『本籍地』なるものにしばし心が立ち止まった。

 

 以前、最初に勤めた会社の同期の桜(♂)と、私の高校の同級生(♀)を紹介したことがあり、順調に愛を育んだ彼らが結婚することになった際にやはり本籍地の話題になり、旦那の本籍地が『西日暮里』であったことを嫁と二人で「ダサいよね」と微苦笑していたことがあったが、果たして私の本籍地とは如何なる場所であるか。

 念のため控えにとってきた戸籍謄本を見てはみたが、故郷の市内であることは判るが旧地名のため正確な場所がわからないので、面会のついでに祖母に聞いてみることにした。

 

 ———あのさ、オレの本籍地、この番地っちゃ何処だい?

 ———あー、そりゃあハタケだ。

 ———ハタケ、っちゃあ、あの『畑』?

 ———畑。

 

 西日暮里を笑っていたつもりが、私の本籍地が畑であろうとは知らぬ仏のお富さんだよ。因果応報、という言葉はこのような場合にあるのであろうとつくづく思う。

 その上、間の悪いことに数日とおかずに西日暮里の彼から久しぶりに連絡が来た。“神様”というとても堅気では務まらない職業の存在は詰めるときにはトコトン人を追い詰めるものであるということも再認識しつつ、彼にその本籍地の話を白状した。

 

 ———オレ、あなたの“西日暮里”を笑ってる場合じゃなかったよ。オレの本籍地は“畑”だったよ。

 ———俺の“西日暮里”よりダサいじゃん(爆笑)

 ———…いや…“畑”ではなく“大地”!もっと言えば“地球”が本籍地だとも言えるよね!

 ———俺、犬ちゃんのそーゆー前向きさ好きだよ(爆笑は止まない)

 

 議論には勝ったが勝負には負けた感を拭えないまま受話器を置いたことは言うまでもない。

 

 そうこうしているうちに昨日、「29日に二人で挨拶に帰るわー」と言っていた弟が相棒を連れて帰って来た。

 なので弟に「いつ籍入れるんだ?」と聞いたところ、弟は何食わぬ顔で「あー、もうこないだ入れたよ」と一言。

 『報告』などは一切なく、あくまでも『挨拶』に帰ってきた弟の相変わらずのマイペースぶりに私は安堵すると共に、“所帯”なるものを持った弟の背中にちょっぴり寂しくもなったりしたので、弟たちが帰った後しばし玄関先の土や砂の上を忙しく動き回る虫たちを眺めながら、理由も根拠もなく生きている虫たちを少しだけ羨ましく思った。

 

 

【砂の塔】

https://www.youtube.com/watch?v=Pd3sRoTUEu8&list=PLmAWd7h1DCKU5eSnnYfXFEDPSMB020qbu&index=2