天ざる
御殿山小学校近くで昼飯処を探していると、店の外に待ち客が5、6人の蕎麦屋を見つけた。その日は並ぶのを避けて先へ進み、自家焙煎珈琲店で軽く済ませる。食べログによれば、その蕎麦屋は老父婦が営む「やまもと」で、平日のランチ営業のみ、名物は"天ざる"とあった。
桜色の吹き溜まりが至るところに出来た4月中旬、花弁が風に舞う金曜日に初めて「やまもと」へ向かう。早い時間なので先客は少ない。4人掛けのテーブルが5卓、壁の品書きは豊富だが、此処は名物を頼まない訳にはいかない。女将さんの威勢のいい「天ざる」の声に、店の奥で店主が蕎麦を大釜に入れる。後から入って来た太めの常連さんが席に着くと、彼が注文する前に女将さんは「大天ざる」と店主に伝えていた。その後に入って来た客も全員が「大天ざる」を注文、女性も大盛りだった。
「天ざる」は、所謂"蕎麦+天麩羅 "ではなく、ざる蕎麦とあげ玉がたっぷり入った温かいつゆの組み合わせで、飽きのこない絶妙の味わいだった。是非また訪れたい店だ。
桜色の吹き溜まりが至るところに出来た4月中旬、花弁が風に舞う金曜日に初めて「やまもと」へ向かう。早い時間なので先客は少ない。4人掛けのテーブルが5卓、壁の品書きは豊富だが、此処は名物を頼まない訳にはいかない。女将さんの威勢のいい「天ざる」の声に、店の奥で店主が蕎麦を大釜に入れる。後から入って来た太めの常連さんが席に着くと、彼が注文する前に女将さんは「大天ざる」と店主に伝えていた。その後に入って来た客も全員が「大天ざる」を注文、女性も大盛りだった。
「天ざる」は、所謂"蕎麦+天麩羅 "ではなく、ざる蕎麦とあげ玉がたっぷり入った温かいつゆの組み合わせで、飽きのこない絶妙の味わいだった。是非また訪れたい店だ。
隅田川
今宵の「新日本風土記」は隅田川。水質汚染により異臭が酷い時代もあったが、その後改善され、早慶レガッタが再開されて久しい。今は桜の季節。中條誠子アナウンサーのナレーションが好きだ。
昔々、下町での記憶。近所に住んでいた年上の秀ちゃん(仮名)は優しいお兄ちゃんで、小学校から帰ると良く遊んでくれた。ところが、子供だった私にも彼の親父さんはちょっと変わった人に映り、職業不詳で、何処となく危うい雰囲気があったものだ。まぁ、そんな人は他にも何人かいた時代と地域だったのだが。秀ちゃんの親父さんは、泳ぎが苦手な私に、若い頃は隅田川で泳いだ、30分以上泳いだ、警察官に見つかると潜って橋の欄干に隠れてやり過ごしたと自慢していたのを思い出した。秀ちゃんは二人暮しだったが、だいぶ後になって聞いたことには、お袋さんは近所の妻子持ちと駆け落ちしたのだそうだ。何年かして、秀ちゃんが中学生になり環境が変わって疎遠となった頃、ある日突然、二人が関西へ引っ越したと聞いた。噂では夜逃げしたのだとか。その後しばらく、秀ちゃんに会えないのが悲しかったものだ。新日本風土記の冒頭、隅田川で泳いだとの御老人の映像で、すっかり忘れていた秀ちゃんたちのことを思い出した。
昔々、下町での記憶。近所に住んでいた年上の秀ちゃん(仮名)は優しいお兄ちゃんで、小学校から帰ると良く遊んでくれた。ところが、子供だった私にも彼の親父さんはちょっと変わった人に映り、職業不詳で、何処となく危うい雰囲気があったものだ。まぁ、そんな人は他にも何人かいた時代と地域だったのだが。秀ちゃんの親父さんは、泳ぎが苦手な私に、若い頃は隅田川で泳いだ、30分以上泳いだ、警察官に見つかると潜って橋の欄干に隠れてやり過ごしたと自慢していたのを思い出した。秀ちゃんは二人暮しだったが、だいぶ後になって聞いたことには、お袋さんは近所の妻子持ちと駆け落ちしたのだそうだ。何年かして、秀ちゃんが中学生になり環境が変わって疎遠となった頃、ある日突然、二人が関西へ引っ越したと聞いた。噂では夜逃げしたのだとか。その後しばらく、秀ちゃんに会えないのが悲しかったものだ。新日本風土記の冒頭、隅田川で泳いだとの御老人の映像で、すっかり忘れていた秀ちゃんたちのことを思い出した。



