小さい魔女
- オトフリート プロイスラー, Otfried Preussler, Winnie Gebhardt‐Gayler, Anthea Bell, アンシア ベル, ウィニー ガイラー
- 小さい魔女 - The Little Witch【講談社英語文庫】
- オトフリート・プロイスラー, 大塚 勇三
- 小さい魔女 (新しい世界の童話シリーズ)
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すばらしいフェルディナンド

- ルドウィク・J・ケルン, 内田 莉莎子, カジミェシュ・ミクルスキ
- すばらしいフェルディナンド

- ルドウィク・J・ケルン, 内田 莉莎子
- おきなさいフェルディナンド
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不思議の国のアリス
- ルイス・キャロル, 高橋 宏, Lewis Carroll
- 不思議の国のアリス・オリジナル(全2巻)
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ドリトル先生航海記
- ヒュー・ロフティング, 井伏 鱒二
- ドリトル先生航海記 (岩波少年文庫 (022))
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ツバメ号とアマゾン号
- アーサー・ランサム, 岩田 欣三, 神宮 輝夫
- ツバメ号とアマゾン号 (アーサー・ランサム全集 (1))
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飛ぶ教室
- エーリヒ ケストナー, Erich K¨asthner, 若松 宣子, フジモト マサル
- 飛ぶ教室 (偕成社文庫)
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銀河帝国の興亡

- アイザック・アシモフ, 岡部 宏之
- ファウンデーション ―銀河帝国興亡史〈1〉 ハヤカワ文庫SF
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00058.htm
スラン

- A.E.ヴァン・ヴォクト, 浅倉 久志
- スラン (ハヤカワ文庫 SF 234)
24 twenty four のキモを掴む・其の六
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物語のディスクール

- ジェラール・ジュネット, 花輪 光, 和泉 涼一
- 物語のディスクール―方法論の試み (叢書記号学的実践 (2))
次に、描写のスピードについて、また独特な造語が出てきます。その前に、そもそも描写のスピードとは何か。いや、さらにその前に、物語言説について説明しますと、だいたいプロットの意味で、プロットは回顧法や予見法によって時系列がぐちゃぐちゃになってます(錯時法)が、物語内容はプロットを時系列順に並べなおしたものであり、本来のストーリーとして仮定できるものです。(そもそもフィクションなんだから本来のストーリーというのは仮定でしかありませんが)そこで、ジュネットは、物語内容と物語言説のスピードを比較すると言うんですけれども、一番わかりやすいのが、カギ括弧で括った会話が続くシーンですね。このような場合、話すスピードと読むスピードが同じという意味ではなくて、Aさんが少し話して、Bさんがたくさん話して、Cさんがさらにたくさん話した場合、それと同じ割合で文章が続くわけですね。戯曲に近いような描写のことです。これをジュネットは、情景法と呼びます。それに対して、Cさんは概ねこんなことを言いました、みたいに間接話法で要約して書くと、物語言説の側の割合が変化し、Cさんの描写が短くて済むから、それをジュネットは、語りのスピードが速くなった、と言うわけです。たとえば「彼女が死んでから二十年というもの、彼はひとことも口を利かなかった」だと、二十年が一行で済みますね。そのような描写を、要約法と呼びます。さらにジュネットは、スピードに関してあと二つの描写方法を定義します。ひとつは、休止法で、物語内容の時間は少しも経過していないのに、情景描写や付帯情報を長々書き込んで、描写の嵩を増す方法です。サスペンスなんかで、ヒロインが夜の闇を見回して、一瞬後に怪物が登場するまでに、延々と辺りの情景とか彼女の心理とかを描写するようなことでしょう。もうひとつは、省略法で、ひとつの事件の顛末を描いた後で、その次の行に「それから二十年後、彼は……」と書き出して、二十年間の経緯をそっくり省略してしまうようなやりかたですね。
ではプルーストの「失われた時を求めて」(この本は「失われた時を求めて」の分析がテーマです)ではどうかというと、要約法も休止法もほとんど使用されてないそうです。まずプルーストは、延々と情景を描写して、要約法が非常に少ないのが特徴だそうです。そして情景描写というのも、実は主人公の内面心理の絶え間ない微細な変化を描写していることが多く、物語言説で延々と心理描写をしているときは、物語内容においても主人公が物思いにふけってじっと動かずにいるので、この二つの間にスピードの差が生じてないんですね。だからこれを物語内容の進展と比較して物語言説ばかり嵩が増えている休止法と呼ぶことはできないとジュネットは言うんです。また、プルーストにおける情景法は、ドラマティックな盛り上がりではなく、「回顧、予想、括複的・描写的な挿話、情報提供を目的とした語り手の介入などの、あらゆる種類の逸脱でふくれあがり、隙間なくふさがる」(p.123)ものだそうです。
さて「括複」ってのは、見慣れない言葉で読み方もわかりませんが、ジュネットによると、頻度に関する用語です。頻度とは、物語内容としては、「あの日、私は早寝した」というふうに一回ぽっきりのできごとがあり、また「月曜、私は早寝した、火曜、私は早寝した、水曜、私は早寝した……」というふうに同じ「早寝」というエピソードが繰り返し起こることがありえます。対して、それを描写する物語言説としては、一回きりのできごとを一回だけ触れることもできるし、物語中で何度も思い返して触れることができるし、逆に「私は今週ずっと早寝した」というふうに一回きりまとめて触れるということもできます。複数のエピソードをその共通点に注目して一括してまとめて一度に触れるのが、括複法です。
プルーストの特徴は、単起的な情景描写の中に括複法が侵食してくることだそうです。ジュネットはこのような単起法と括複法の混淆を、「語りの破格」であり「括複法の陶酔」だと言います。
例を挙げると、「『花咲く乙女たち』のあるページでは、オデットの「水曜日」が巡ってくるそのたびごとに主人公は、「ヴァルデュラン夫人を、一挙に、しかも最初から征服」したことが、コタール夫人の口からわれわれに知らされるのである。こうしてみると、この征服するという行為にはその本性とはまったく相容れぬはずの反復と更新の能力が備わっているとでも考えない限り、辻褄が合わないことになる。(p.141)
……プルーストは、物語の時間性の諸形態をそれらの演劇的な機能から解き放ち、かくしてこれらの諸形態に自立的な作用を促すと同時に、彼自身フローベールについて語っているように、それらの諸形態を、音楽と化すことを望んだのであった。(p.178)フランス語では、単なる過去と習慣的な過去で動詞がはっきりと違うようです。プルーストは単起的過去の叙述に習慣的な過去を表す叙法を多用することによって美的価値を高めようとした、ということのようです。
解釈の根底に文法があるのですね。叙法や態から文の構造を見るのにならって、焦点化や時間的順序から小説の構造を見ようという試みですね。
独特な造語の羅列が読みづらくて、技法の目的については非常に寡黙であって、そこが退屈で、読了までに非常に時間がかかりました。けれどもジュネットの造語はしばしば目にする機会がありますし、今まではその度にどういう意味かわからず読み飛ばしていましたが、ようやくこの本を読了したためにそのような不安が解消できました。読んでよかったと思います。
275.技法と逸脱・其の四
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トゥルー・コーリング
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337. 24 twenty four のキモを掴む・其の三
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