この数日の間に筋萎縮性側索硬化症(ALS)に触れた記事を読んだのだが、どこで読んだかどんな内容だったか記憶がない。新聞で見た気がしたので自宅にある新聞で探したけれど見当たらない。

ま、そんな健忘症的な話はさておいて…。


あの天才物理学者のホーキング博士もALSに冒されているのだけど、天才の頭を持つこととALSであることは関係はないでしょう。でも、もしも、天才であることと引き換えに何らかのハンディキャップを負うことを悪魔から提案されたとしたらどうするだろう。

僕はどれだけ天才的な学者や芸術家にすると持ち掛けられても、ALSどころか片目1個でも片腕1本でも悪魔に差し出す気はない。凡人であっても五体満足な身体でありたい。

(障害者の方がこの記事を読んだら不愉快に思われると思います。「何かと引き換えにしたわけでなく、私は障害を持っています」と言われるでしょう。申し訳ありません。人を不愉快にしてまで書くべき記事ではないと自覚してはいるのですが…)


そして、ここからが本題といえるかもしれない。

悪魔からの誘いとして、恋愛の成就と天才とのどちらかを選べと問われたとしたらどうだろう。

平凡な人生をおくるけれど愛する人と暮せることと、一生失恋しつづけるけれど天才の頭脳(あるいは才能)を持つことと、どちらの人生を選ぶかと悪魔から問われたら…

僕は前者を選びます。


いろんな人が話題にしていることでしょうが、

おそらくその内容は、負けて残念とか悔しいとかなのでしょう。

なぜ、日本が負けると悔しいのでしょう?

選手の中に家族や親戚や友人がいるのでしょうか?

そんな人は極めて少数ですよね。

選手とは他人の関係である人が大多数です。

ただ自分が日本人だからという理由だけで日本のチームを応援しているのです。

個人より国家・民族なんですよ、結局。

かくいう私も試合中は溜息や雄叫びをあげて日本を応援してました。

個人と愛情、国家と愛国心。そんなことを考えていました。

からだ巡茶

出張中お昼になったのでコンビニに寄り、パン2ヶ野菜ジュース1ヶと合わせて買った。なぜコレを選んだかというと、デザインが気に入ったのだ。容量は410mlと小ぶりであるが、スレンダーな形状と白いラベルが斬新である。



出張からの帰り道、確かめたいことがあったので少し遠回りした。

僕にとってツライ場所が、僕以外の人にとっては犬と散歩する場所だったり恋人と戯れる場所でしかないことを知った。



僕の家は坂の途中にあるのだけれど、今まで坂の下から家まで自転車で上ったことはなかった。高校生なんかはスイスイ自転車を漕いでいくのだが、僕はといえばこの坂ではチャリは押して上がるものと決めきっており、酔ったときなどはそれでも汗だくになるくらいだった。

ところが今日、考え事をしていた僕は坂の途中まで自転車に乗ったままの自分に気づき、ペダルが案外軽く感じられたのでこの際自宅まで乗り切ってみようと思った。

結果、割と楽勝だったので驚いた。体力が落ちているのになぜだろうと考えれば、最近体重が落ちていることぐらいしか思い浮かばない。


情熱大陸に出ていた。

指を失くす前の山野井をある番組でみたことがある。

天才クライマーという触れ込みで、

たしかに天才の凄みを感じさせた。

でも、指を失くした山野井が、

今も天才であるのか登山に詳しくない僕には分からない。

番組は、天才のその後を追うつもりだったのか、

指を失くしてもなお天才であり続けると思ったのか…。

3週間前に拾った鳩の名前。

本名が「ポッポ」で、愛称が「はと子」である。

ほとんど愛称の方で呼ばれていたが、どうやらオスらしいと判り、

「はと子」改め「はと太郎」になるはずが、

「はと太郎」は定着していない。


で、今日、公園に連れていって、

飛べるようになったかどうか試してみた。

が、全然だめ。

翼を閉じた状態でも左の翼が垂れており、

二、三度飛ぼうとしたけど、まったく無理。


それで、動物病院への4回目の通院となったが、

獣医の見立てでも、

飛べるまで回復することはないだろうとのことだった。

薬はイソジン(軟膏状)から粉薬(患部に擦り付ける)に変わり、

飲み薬はそのまま。


しばらくはダンボール箱暮らしだけど、

いずれ鳩小屋を準備せねばなるまい。

土曜日の朝日新聞beの「指先からソーダ」。

毎週読んでいるけど、恋愛話のときはおもしろい。

今日のなんて、ちょっと痛いね。

きのうの仕事。

「証拠あるんですか?」と何度も言うものだから、ちょいギレした。

自分でいうのもなんですが、僕は穏やかな人間だと思います。というより、争い事が嫌いです。

どんな仕事をしているか明らかにする気がないので説明しづらいですが、

交渉ごとになると、「あなたが言うことも分かる。でも、見方を変えればこうなりますよ」という具合に、

英語でいうところの”YES.BUT”のやり方をとることが多い。

頭ごなしに「あなたは間違ってる」なんてやり方はまずしない。

でも、きのうはあまりにもシラを切る態度に、瞬間的にキレたのである。

「証拠あるんですか?」と訊くヤツに、証拠がなければ何やってもいいと思ってるのかと言いたくなって、

つい、大きな声をあげてしまった。

「証拠はない!やったかやってないか、あなたがよく知ってるでしょ!?」


でも、僕の「キレる」状態は、いつも10秒も続かない。

「いつも」といっても、仕事で完全にキレたのは今までに2回しかないけど。

今回は3回目という番号を振るほどにはキレてないっすよ。

サポートセンターに電話して解決。

ネットに繋がらなかったのはプロバイダーの認証エラーと判明。

パスワードを変更した際にCTUの設定を変更していなかったもの。

たしかに、ダイヤラーか何かの設定を変更しろとどこかで読んだけど、

パスワードを変更してもネットに繋がっていたし、

設定変更のやり方が分からなかったので放っておいた。

だいたい、ダイヤラーってのがなんなのかすら分からなかった。


契約しているプロバイダーのホームページは解りづらいし、使い勝手もよくない。

いまさら他のプロバイダーに変えるわけにもいかず、慣れるしかないのだろう。

こんなに精神的に疲れた日はない。

今朝の「めざましテレビ」では僕の星座は1番の運勢だったというのに、

実際は最悪の日だった。

最近、やっかいな相手が多くてストレスが溜まっていたのだが、

今日のはキレそうになってしまった。


やっと今、グダグダになった気持ちが持ち直してきた。

自宅のネット環境が壊れてしまったようなので、

いま仕事場のパソコンで記事を書いている。

ネットが回復しなければ、土・日はブログをお休みするしかない。

あ。ケータイから記事を書けるか…。

先日、横断歩道を渡るのに困っていた目の不自由な人を向こう側まで誘導してあげた。

断っておきますが、そういうことをやる自分をいい人だとかやさしい人だとか思ってほしくて書いているわけじゃありません。そこはくどいくらいに言いたいところです。

お礼を言われた僕がうれしくなったのは事実ですが、ふと頭に浮かんだのは、「やさしさってなんだろう」という疑問でした。

僕がとった行動は、見た目はやさしさとか思いやりの心から出たもののように見えます。でも、違うのです。困った人を見たのに知らん振りして通り過ぎることは、のどに魚の骨がひっかかったようにいつまでも心に屈託が残るので、骨を抜くつもりで手助けをしただけなのです。つまり、自分のためにやったにすぎないのです。

喜怒哀楽という感情は理解できます。冷たいとか厳しいという態度も理解できます。でも、やさしさというものの根源が僕にはよく分からないのです。自分のことより相手のことを思ってなす行為がやさしさというものだとしたら、良心の呵責に苦しまないように自分のためになす行為が結果的に相手のためになる行為だとしても、それをやさしさと呼んでいいのか分からないのです。

純粋なやさしさを持つ人は少ないのかもしれないし、自分のためであっても人のためになるのであればそれは自分と相手という両方のためであるのだからそれでいいではないかという考え方もあるでしょう。でも、なんかしっくりこないのです。