さてさて、それはさて置き。








前回の話で、「警戒心」という状態を説明した。








「入り口」の話だ。








「入り口」の大切さは、前にも話をしたが ・・・ 



実は、いきなり「入り口」を飛び越えてしまう方法があるのだ!!








アイーダの原理的には、全く有り得ない話ではあるが ・・・


先ず、「興味」から入り、


そして、自分で「警戒心」と解いてしまうのである。








この事を私は、「出落ちの妙技」と呼んでいる。









お笑いの世界では、ステージに立って先ず「つかみ」を行う。



客を自分のペース(空気)に引き込むのだ。



これは、「波長を合わせる」事により、言葉の入りをスムーズにする効果がある。



更に、話の最中「常に次を期待している」という状態に客を引き込むのだ。









この、「つかみ」の究極バージョンが、「出落ち」だ!









「加齢な親父バンド」で知られる、QUEENのコピーバンドをご存知だろうか?



見たことある人も中にはいると思う。









何とも「強烈」な「出落ち」である。








これを見た後に、他のQUEENのものまねを見ても、大して面白く感じない。



というより、あまり興味を惹かれなくなるのだ。








ここから、更に凄いのは ・・・








上手い!!









これは、ギャップによる「のめり込み」の作用だ。









見事としか言いようが無い。









当然に、QUEEN大好き!! という前提があり、尋常じゃないほどの時間を注いで今日に至っているわけだが、



ただ、「出落ちの妙技」を身に付けていなければ、ただの「QUEEN好きのおじさん達」で終わっているだろう。

(これは、勝手な意見である。)








脳科学の分野では、「いきなり強烈な印象を与えられたら、それ以外をつまらなく感じる」というのがある。








人の、「興味」の成り立ちの根本原因だ。







いきなり、「ガツーン!!!」 とこられたら、強烈な印象が残る。



その「印象」を元に、「次」を期待するのである。









そして  ・・・  ここからが非常に大事!!








人は、「ギャップ」に心を動かされるのである。









先の例で言えば、「出落ち」で客の心を掴んだ「親父バンド」が、ものまねが「下手」だったら、



「つまらない」 という印象を持たれる。



二度とお目に掛からない。









逆に、良い意味で「期待を裏切られたら」、客はのめり込むのである。

(ある種の賭けだ)









ここにも、「期待に応える」ことの重要性が見て取れる。










人は面白いもので ・・・ 「最初に持ったイメージ」 を 「少しでも改善」 できたら 「のめり込む」のだ。










「期待に応える」という事は、単に「いいことをする」 では無い!



相手が「最初にもったイメージを、良い意味で覆す事」 だ!










人は、人の第一印象を「数秒」で決めている。



心理的には、「過去の記憶」から、「多分、こういう人だろう」と勝手に決め付けているのだ。



その「決め付け」を、良い意味で裏切ってやると ・・・ あっという間に 「比較」 までたどり着くのだ。



「良い意味で期待を裏切る」 = 「警戒心を解く」 に繋がるのである。

(既に「興味」は持っている)









ビジネス症候群に陥っている方々、同業他社が「ガツーンと来る事」をしていないだろうか?









「強烈な印象」は、人の心を動かすのである。








こんな時は、人から学ぶのも「一理有り」だ!



人は面白いもので、自分で勝手に複雑にする。


この事を私は、ビジネス症候群の症状「自己迷路」と呼んでいる。


そして、入り口の作り方の方向ミスを「勝手口」。


あと、相手に結論を提供してしまう「勇み足」と、勝手に命名した。




これは、全て自己中である。








前回、少しだけ人の心理について書いた。



今回は、この部分を掘り下げてみよう!







今回の症状は、「独り言」である。



題材として、「アイーダの原理」から勝手に話を展開する。








アイーダの原理をご存知だろうか?


アイーダとは、アルファベットの頭文字で、


Attention(注意)
Interest(興味)
Desire(欲求)
Action(行動)


であり、人が何かを購入したり、始めたり、行動したりする時の心理の移り変わりを現す原理である。



これには発展系があり、


AIDMA(アイドマ)
AIDCA(アイドカ)
AIDAS(アイダス)


がある。


それぞれ、


Memory(記憶)
Convention(確信)
Satisfaction(満足)



を表す。



これらは、対象となる物やサービス、自己満足、知識、教養、自己啓発などに求める、本人の価値観(重要度)によって、振り分けられる。




日用品を買う時に ・・・


商品棚を注意して見て、
新商品などに興味を示して、
試したくなって(使ってみたくなって)、
それを買う。


日常生活に密着したものは、Aida(アイーダ)になる。




では、少しの贅沢品(アクセサリーや趣味など)なら、多少の吟味も必要だろう。


商品棚を注意して見て、
流行などを考慮して試着して、
欲しくなったけど・・・
お財布と相談したら大丈夫だから、
それを買う。


この場合は、Aidca(アイドカ)ではなかろうか。




前回話した、「少し物足りない法則」なら、


雑誌などを注意深く見てたら、
一日限定20皿のカレー屋を発見して、
食べたいから並んだら、
21皿目で食べられなかったから、
次回は朝一から並んで食べる。


これは、Aidma(アイドマ)だろう。



リピーターの心理は、


最後に頭文字が、Satisfaction(満足)の Aidas(アイダス)になろうか。




一通り例を挙げてみた。








この例を見て、何か気付く点はあるだろうか?


気付いた方は、かなり鋭い!!!!







これら全ては、需要者目線の話なのだ。


言い換えるなら、需要者が自ら求めて行動を起こす際の心の移り変わりを表している。


私は、そう解釈している。


媒体としては、広告という絶対的な情報提供によって、需要者が知っている事である。






したがって、この原理を供給者側が利用する場合 ・・・


要するに、こちらから売り込む場合には、このままでは使えない。


もう少し追加する必要がある。





追加するのは、



Caution(警戒)と
Compere(比較)だ。



Attention(注意)は、Interest(興味)の手前だから、自分への向き不向きを確認する状態でもある。


しかし、供給者側から需要者側に攻め込む場合は、「そもそも需要者側はこっちの事を知らない」ことが大前提である。


したがって、そこには「警戒心」があるのだ。


すなわち、ここを崩さないと、次のステップである Attention(注意)には行かないのである。






営業の世界で、トップセールスを常にたたき出す人は、この「警戒」を崩すのがとりわけ優れている。


女性を口説くのも得意だ!!







更に話を進めて ・・・






いざ「興味」を持ってもらっても、今度は同種の商品やサービスと「比較」をする。


Desire(欲求)の前に、この壁が現れる。


興味を持ってもらえても、なかなか成約に至らないのは、この部分を考慮していないからだ。






前に、「人は、何かを期待する」と書いた。


その期待に応える場面が、ここだ!!


期待に応えられなかった場合、残念ながら Game over となる。






以上を踏まえて、言葉を並べるなら。



CAICDA カイクダ  とでも読むのか?? (読み方募集中!!)





発展系として、


CAICDMA カイクドマ

CAICDCA カイクドカ

CAICDAS カイクダス  (誰か、かっこいい読み方決めて!)



こうなる。


それぞれの使い方は、各々考えて欲しい。






ビジネス症候群に陥った方々、特に「何かを始めた方々」、相手の心理状態を確認せずに「独り言」を喋っていないだろうか?





物事には、順番がある。



Caution(警戒)



Attention(注意)



Interest(興味)



Compere(比較)



Desire(欲求)  である。(この先は、自分のスタイルに合わせて使い分け)






いきなり、相手の「注意」を引こうとしても、「警戒」が崩れていなければ「独り言」だ!


「興味」を持ってもらえても、相手の「期待 = 比較」に応えられなければ「独り言」だ!










改めて、「創始者」や「先駆者」を尊敬する。





松下幸之助の言葉を思い出す。


















「全ての責任は、我に有り」














物事には、順番がある。













先読みよりも、目の前を ・・・。






前回、「人は自分で複雑にする」と書いた。





全くもって、その通りである。





人は、勝手に、想像を膨らます。





その結果、目の前にある事を、見落とす。





言ってしまえば、「自分に都合の良い様に解釈する」ということだ。










<少しだけ、物足りない法則>


今日は、群集心理の話から人の先入観や想像力(自己都合)について書くことにする。






「認知的不協和」という言葉をご存知だろうか?




噛み砕いて言うと、「周りと違うから不安」という状態だ。




日常では起こりえない状態として不安を感じ、物事の判断力が落ちている状態。




これだけ読むと悪いイメージだが、良い方に働くこともある。




ようするに、人は「安心感」を求める傾向にあるということだ。







一つ例を挙げよう!



これは、私の過去の経験による実際の手法だ。





私は以前、県議会議員の秘書をしていた事がある。



その時、一般人も招待する講演会(もちろん無料)を開催した。

(選挙前だったので・・・)



当時の先生を支持してくださっている方々は、当然のごとく来場して下さった。






問題は、浮動票の有権者だ。


その殆どは、政治に興味が無い人達である。


この方々に最後まで話を聞いてもらうのは、想像以上に難しい。


いざ会場に足を運んでもらえたとしても、会場の雰囲気だけで帰ってしまう。


こんな事は、政治の世界では初歩中の初歩だが、人が集まる場所を提供する職業の方々には是非とも心得ていただきたい事である。

(リピーターが増えないで悩んでいる飲食店の方など・・・)






この時に私が使った手法は、正しく群集心理だ。


場所は、500人は入るホール。


当然、支持者の方々は足を運んでもらえる。

(飲食店に例えるなら、常連客だ)


その方々には、最前列及び最後列、そして、両サイドに座ってもらう。


又、各通路の脇の列にも座ってもらい、丁度各ブロックの周囲を埋めて、中央部分だけを空席にするのだ。





その後、浮動票の方々(飲食店なら、一見さん)が入ってくる。


当然、支持者の方と浮動票の方は、入り時間を調整している。





先ず、一見さんは会場を見渡し、先ずは人の入り具合を確認する。


そして、会場全体を見渡す。


おおよその人の入り具合を確認するのだ。





これは、何をしているのかというと ・・・





「自分だけじゃないよね!?」 = 「一人ぼっちじゃないよね!?」


という、安心感を確認するのだ。


これこそが、認知的不協和である。





ここで、自分だけじゃないと確認できたら、席に座る事を決める。





この入り口の作りは、大変重要な事である。


人は、初めて入った瞬間に、次入るかを決めているのだ。





ほどなく席に座ろうとすると、ここにも一見さんの心理がはたらく。





今度は、安心感を得るために確認した人達に引け目を感じるのだ。


これも、認知的不協和である。





これだけの人がいる中で、自分だけがこの人の事を知らない ・・・



今度は、安心感を得た材料に対して、不安を感じるのだ。










なんとも我儘な考えだ ・・・









しかし、こんな事は百も承知!






その為に、隣に誰もいない空間を用意しているのだ!






さて、ここから先は運も大事だが、その後に送れてやってくる常連さんが、一見さんの隣にすわる。



これで、準備は万端。



一見さんは、リピーターに変わるのである。







はっきり言って、一見さんにとって先生の話は、どうでもいい事。


支持者を決めてないから話だけ聞こうってな単純な考えに過ぎない。


しかし、指示するかどうかは、居心地の良さで決めているのだ。









皆さんにも経験がないだろうか?








友達に奨められて、行列の出来るラーメン屋さんに行った時、「思ったほど美味しくなかった」って事。



その友達は、「居心地の良さ」というスパイスによって、ラーメンが美味しく感じているのだ。



実際に美味しいのだと思うが、より美味しく感じる(リピートしたくなる)のは、別の感覚なのだ。









ここまでの話で、「思ったほど美味しくなかった」という点に注目した方は鋭い!!








結論     「人は経過を楽しむ」







「思ったほど美味しくなかった」って事は、少なからず「美味しさ」をイメージしていた事になる。



勝手に想像を膨らましているのだ。



というより、群集心理の ・・・ 「行列が出来ているから絶対美味しい」 = 「自分の好みだ」



な~んて、想像を膨らましたのだろう。



結果、今の自分に「少しだけ物足りない」という心理が働いたのである。






よく、「限定20皿」なんてカレー屋さんを目にするが、21皿目に当たった人、すなわち「ギリギリ食べられなかった人」は、必ず次回食べに行く!






これは、絶対だ!!!!!!






この事を、私は勝手に 「少し物足りない法則」 と呼んでいる。






人は、自分に都合のいい事に対して、勝手に「良いイメージ」を膨らませるのである。









「結論は、相手に探させる」








ビジネス症候群に陥った方々、お金を払ってくれる方に「結論」を提供していないだろうか?








結論は、相手が決めるのである。







相手が求めている「結論」 に 「辿り着けるまでのプロセス」にこそ、人が求める価値があるのだ。