紫陽花の咲く頃に | ジョブスケの人生全力疾走

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6月は、個人的にとても嫌な思い出が2つある。


 

一つ目は、福岡のサブカル界のために頑張っていた人が、亡くなった事だ。


 

 その人は、いろいろなイベントを企画し、成功させてきた。中には「こんな大者、どうやってキャスティングしたのだろう」と思う事もあり、その人脈の広さにも驚かされた。


 

 また、この界隈では知らない人は居なかったので、何か困った事ががあると、相談にのっていたとも聞く。主催、共催問わず、本当に福岡のサブカルチャーを盛り上げようとしていた事が、痛いほどよくわかった。


 

 ある時、スタッフを募集していたので、僕も応募した事がある。その面接の時に初めて話をさせてもらったのだが、僕は趣味でイベントのレポートを書いていており、その想いも面接で伝えた。


 

 その後、スタッフとしての招集はなかったものの、レポートに関しては自主的に提出していたので、いろいろアドバイスをもらっていた。


 

 そして、面接してもらってから約一年後、チャンスが巡ってきた。いまでも有名な、あるスマホゲームのイベントがキャラバンとして福岡にも来るのだけれど、一緒に行かないか、と誘われたのだ。


 

 これは本当に嬉しかった。もしかしたらこれから先、福岡のサブカルに関われるかもしれないと思ったからだ。だが何より、その人と活動できる事が嬉しかった。


 

 しかし、イベント開催直前、その人は亡くなってしまった。本当に突然の事だった。他のスタッフがイベント主催者に事情を説明し、イベントの取材は出来る事になったものの、福岡のサブカルに関わるという夢は消えてしまった。


 

 二つ目は、家を逃げ出した事だ。以前、とても家庭環境が悪くなり、怒号と暴力を受けた事がある。それでも何とか我慢し続けたのだが、ある時、ついに耐えられなくり逃げ出した。


 

 その時はすでに陽が落ちており、まさに「夜逃げ」という形容が相応しい状況だった。とにかく、そこから逃げ出す必要があったのだが、多少、理性もあったと見えて、カバンと財布はもって出てきた。


 

 しかし、今夜、どこで寝るかなんて考えてもいなかった。どうしようかと思いながら、とりあえず都心に出た時に見えたのが「カプセルホテル」だった。入ってみると、運良くまだ空きがあり、この時の安堵感は本当に忘れられない。


 

 いずれも忘れられない出来事であったが、今後どうするか、深く考えるキッカケとなった。


 

 サブカルに関しては、現在一つだけ関わらせてもらっているが、それ以外は声もかかっていない。売り込んでもみたが、音沙汰無しだ。


 

だがある時、夢を見た。あの人が言うのだ。


 

「お前はもっと広い世界で勝負しろ」


 

今は、がむしゃらに行けと、背中を押してもらったと考えている。


 

 そしてもう一つ。家庭についても話し合いがまとまり、すでに新しいスタートを切っている。こちらも、悩んでいる暇はないのだ。


 

 6月は梅雨の季節で気持ちも沈み込みがちだが、「雨降って地固まる」の言葉もある通り、僕にとっては決意を新たにする季節でもある。

 

 

 嫌な事も、考え方によっては、新しい道が見えるキッカケになるのではないかと思う。まさに「ピンチはチャンス」だ。