今朝、ゲーム業界の一時代を築いたといっても過言ではない、ナムコ創業者中村氏の訃報が飛び込んできました。個人的には、見かけた事もなければ顔すら知らないのですが、名前は知っていましたので、ネットでこのニュースを見た時には驚きました。
ナムコと言えば、僕の中ではアーケードゲームの印象が強いです。本格的にゲームセンターに通うようになったきっかけは「ワルキューレの伝説」でしたので、思い入れもあります。しかし、ここでは「ワンダーエッグ」の話をしたいと思います。
ワンダーエッグとは、2000年12月末まで営業していた、東京の二子玉川にあったナムコのテーマパークです。現在は、再開発によって超高層マンションが建てられている場所にありました。実は、僕は毎週土曜日にワンダーエッグに来ていました。それは、ラジオの公開生放送を聞くためです。
その番組とは「日高のり子のTokyo Wonder Jam うり!うり!うりほぅ!」です。アニメに詳しい方ならすぐわかると思いますが、声優の「日高のり子」氏がパーソナリティを務めている番組でした。本来であれば、ワンダーエッグに入園するだけでもお金がかかるのですが、番組放送のある土曜日に限り、入口で合言葉を言うと「無料」になる裏技がありました。そんな事もあり、毎週通う事が出来ました。
しかし、何と言っても一番の目的は、日高氏に会う事でした。この番組は「KBS京都」だったので、放送を聞くには京都まで行く必要がありました。関東でも聞く事は可能でしたが、いわゆる「雑音リスナー」となり、非常に聞きにくかったです。ですので、ワンダーエッグ内に設けられたスタジオから生放送で聞く事が出来るのなら、それが一番クリアな音です。そして何よりも、目の前で本人が喋っている姿を見れるわけですから、絶対に楽しいです。
さらには、放送終了後に出待ちをしていると、スタジオから出てきたところで、日高氏と短時間ながらも話をする事が出来ました。その時、その瞬間、その場にいた人だけが、あの「日高のり子」と時間を共有出来るという贅沢を味わう事が出来ました。
その時の興奮が抑えらなくて、ラジオを聞きに行った時には、得意のレポートを書いていました。まだインターネットが今ほど一般的ではなく、スマホもない時代でしたので、書いたレポートを番組放送中にFAXで送るという荒技もしました。約1年間続けましたが、暑い日も寒い日も、土砂降りの日も放送があれば行きました。ある意味、1番過酷な現場だったかもしれません。
先ほども述べたように、もうその思い出の場所はありません。しかし、あの時の光景は、僕の中で深く刻まれています。僕にとってナムコ、そしてワンダーエッグは、決して忘れる事の出来ない存在です。