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 港へきた。
 もともと山奥の出身だから、海への憧れがあって、よく瀬戸内海を見に
いく。仕事で、新しい取引先が、玉野 宇野港の近くに出来、よく、商談の
後、港でボーっとすることある。日が暮れて、ハッと気がついて、帰宅する。
 最近、なんとなく、ボーっとしたくなるから、余計に、ボーっとしてしまう。

 7月27日、岡山の国際交流センターで、夏休み前のオリエンテーション
を行った。留学生だけでなく、派遣予定生や帰国生、ご家族も何人も来ていただいた。
スタッフ的にも、久しぶりに会う方もおられたので、うれしかった。


 とは言え、私は正直、ぐったりしたまま顔を出した。接待絡みで軽い
二日酔いだったこともあったのだが、やっぱり、仕事の疲れが抜けきれて
いなかった・・・・・。
 そのまま、とりあえず、岡山駅に向かった。香川から来る派遣予定生と
待ち合わせしていたのだ。そこに、若手スタッフも現れた。ノルウェーの
留学生が電車で来るから、出迎えに来たのだという。
 改札口で待っていると、改札の先に留学生の姿が現れた。

いよいよ来たな、
とスタッフたちと顔を見合わせた。しかし、留学生はいっこうに進まない。
僕らは“?”と思いながら、顔を見合わせる。留学生はゆっくりと進みだす。
僕らはちょっとホットする。だが、また止まる。
 結局、改札口を出るまでに、3分はかかったのではないだろうか・・・・。
 いやいや、せかせか考えるのが、日本人の悪いところ。
 
 合流して、みんなで会場へ向かった。
 
 開けば、みんな集まっており、懐かしい顔もいた。
 自己紹介、夏休みの過ごし方などを話しあい、そして、座談会となった。 
 座談会は、若手と大人と場所をわけて行った。
 一応、私が若手側にはいっていった。

 しっかし、いかんせん、ぐったりしている・・・・。
 
 そこで、かわりにノルウェーの子が積極的に話しをすすめてくれた。
(日本語を勉強してきている)タイの留学生が、
「うまくなったなぁ!」と言うものだから、私もつい「上 目線かよ!」
 とツッコミをいれた。
 本当のこと言えば、高等なことを言えば、悩みを話しあったり、
そんなことをすべきだが、とにかく、留学生と私たちがいろんな話しを
しあうことが大事だし、――あんな場で悩みを話せるわけもなく・・・。
 ただ一応、今年の留学生はがんばっていて、私たちも期待しているだけに、
それがプレッシャーにならないように話しはした(チラっと)。

 とは言え、なかなかガッツリと話しが出来た。
 昼ごはんをみんなで一緒に食べて、広島ツアーの事前学習などもした。
 
 会の後、若い集団がそのまま移動していき、岡山駅でもすぐに散らばる
ことはなかった。なんだか、名残惜しい感覚が、みんなにあったのでは
ないだろうか。
 私もぐったりしている、といいながら、結局、最後にタイの留学生を
見送るまでいた。
 
 私は、基本的に、“オフ”はしゃべらない。
 “オン”の時に、しゃべっている分、休日は無口になる。
コンビニで、「弁当温めますか?」と聞かれ、「はい」と言うのも、面倒
くさく感じるくらいである。一日、人に会わないで過ごすこともある。
 こうして、港で無口に過ごすのが、“オフ”の姿なのだ。
 だから、“オン”に会う人と“オフ”に会う人では、私の印象は違うようである。
 “オン”に会う人には「人なつっこい」といわれ、“オフ”に会う人からは、
「近づきにくい」といわれる。

 
 それが最近、“オフ”がない。一週間ずっとしゃべり続けている気がする。
一人でいることがあまりないからだろうか。
 もうひとつは、今年の留学生二人のテンションに、そのまま私もテンション
高くなっているのだろうか。
 これは僕の中に起こされた変化なのだろうか。
 まだ、良い変化なのか、どうなのかは・・・・・わからない。

 ただ、こうして港にいても、ちょっと頬がゆるんでしまう。  
 


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取引先のところのパソコンで更新する。
 商談して、取引先の方と食事をしてから、もどって、
 なんだかゆっくり過ごしている。
商談で持ってきたパクチー(コリアンダー)に、

会議室にいた
虫が入ってきていて、びっくりした。

さすが、カメムシのような匂いが、誘ったのだろうか・・・・・。

 さて、留学生たちは8月中旬に、毎年恒例の
「広島 平和学習ツアー」に出かける。全国から50数名の留学生
が集まる AFS日本でも大きなイベントの一つである。
 そして、今年から、ツアーにあたり、事前に各支部で
事前学習を行なうよう、広島学生部から促しがあった。彼らは、
学習用の資料まで作成していた。
 正直言えば、京都支部が独自に、広島ツアーをしており、
京都支部が、事前学習と ツアー後に報告会・座談会を開いており、
それを参考にしていることもある。

 なにはともあれ、予習してから広島にいくことには賛成である。
 AFSおかやまでは、今度の日曜にすることになった。
改めて資料に目を通し、久しぶりに、ちょっと歴史の資料も開いて
みた。
 資料は歴史や、原爆投下までの過程などがまとめられていた。
そして、当時の日本人の生活や、原爆の被害などについて
考えるような 問いがあった。
 
 私は、留学生たちに何よりわかってもらいたいことは2点ある。
① 当時、広島にいた人たちには、何の罪もなかった。悪いことをして
広島に原爆が投下されたわけではない。
 その日も一生懸命に働いていたし、学校にいたひとたちもいたし、
それぞれの時間を過ごしていたはずだった。
 それが突然に、壊されたのである。

② 原爆は昔の話ではなく、いまでも世界中に、核兵器がある。
また、原爆のように予想していなかった大事――テロが起こっている。

 いま、日本にいて、留学生たちと遊んでいて、のんびりと過ごして
なかなか気づかないのだが、こうして異国人同士が触れ合う環境にあって、
やっぱり考えなくてはいけないように思う――私たちはどうあるべきか。
 戦争なんて、紛争なんて、そしてテロをして、何が生まれるだろうか。
なにより、何で起こってしまったのだろうか。
 ――突き詰めていけば、必要ないものではないだろうか。
 やっぱり、平和に、のんびり過ごしたいのが、人間の本性じゃないだろうか。
 
 そんなことを、考えながら、広島での時間を過ごしてもらいたい。
 広島という場所だけでなく、いろいろな国の留学生が集まるだけに。

 さて・・・・そろそろパクチー持って、帰ろうかな

先日、支部長のメーリングリストに
広島支部からの報告があがっていた。


 6月末に、支部長交代をした、という。
 近県なだけに、支部員もよく知っているし、
当然、前支部長も 新支部長も知っている。
 前支部長が自分でいろいろしてしまう人間な
だけに、突然、彼が転勤などになってしまったら、
広島支部は弱ってしまう、と思っていた。
 これからの人材育成も含めて、彼がいなくなって
もやっていける広島支部をつくるには、今年度に
決めるべきだと、私も考えていたので、実現した
ことを、本当にうれしく思った。


 これまで支部長をしていた男は、
私の高校のクラスメートである。

彼は一つ先輩で
AFSでタイに留学し、同じ年、私はAFSで
米国の留学生をホストファミリーした。
そして、彼が帰国し、同じクラスになった。
 彼とは、その前から親しくしていた。

勉強もよく出来て、信頼される先輩だった。


 彼がタイ留学になり、帰りの電車で、タイ語の
本などをよく見せられた。「ここがちょっと伸びる
だけで違う文字になるんだよ・・・・・」とか
言っていたのを思い出す。
 そして、彼が留学を満喫し、帰国してからは、
イベントの司会進行や支部のことなど、いろいろな
ことを任されるようになった。
 それから約10年、転勤族の彼は、松江支部、
鳥取県支部、岡山支部、広島支部と、支部運営等々に
かかわり、発展に奔走した。
 
 彼は仕事自体でも苦心していた。毎晩終電帰りで、
病院にも通っている。そんな仕事だけで大変なのに、
支部長――それも、平和学習などで全国から留学生が
くる広島支部の支部長となれば、仕事と両立してする
のは、本当に体力が必要である。何より、彼が広島転勤
する前は、疲弊していただけに、“再興”という役目も
彼には課せられた。
 立派な方が新支部長になり、これからは彼には、少し
休んでもらいたい。

 約10年のAFS活動をともに過ごしてきた私からすれば、
もう一つ願いがある。
 彼は、支部運営やイベントの企画・進行などにかかわり、
イベントなどでも、支部員の方と関わる時間が多く、留学生
といても、目を配らなければならない気持ちから、心から
異文化体験できなかったのではないだろうか。
 この機に、支部運営やイベントのことなどから離れて、
ゆっくりと留学生とすごしてもらいたい、と思う。
私のように、留学生とホタルをみにいったり、一緒に教室で
弁当を食うのは行き過ぎかもしれないが(自分で言うな!)、
この“日本”という国を、世界を感じてもらいたいと思う。