モールス符号には数字符号に略体が定められていること、そしてそれは日本の無線局運用規則独自のものではなく、もともとは世界共通のものであったことを前編で示しました。その上で、日本のコンテストでは0(-----)をT(ー)ではなく O(---)と略して送っているケースが多いのはなぜだろう?という疑問をのべました。

 

結論から先に書くと、この疑問に対する明快な答えは、残念ながらまだ見つかっていません。(期待されていた方、申し訳ありません。)でも、国際的にみても国内法令的にも、正統的な略体がTであることがはっきりした以上、このままOを使い続けて良いのか、国内もTに変えていくべきなのか、何か考える材料を集めてみようと思いました。

 

そこで、X(旧 Twitter) で、アンケートを取ってみました。短期間での、フォロアーさんを中心とした特殊なアンケートではありますが、とても興味深い結果が得られました。

 

 

このように、国内に限れば約64%の方が「Oにする」と回答されました。「Tにする」は20%弱で、"正統派" ですが少数派です。また、コメントでは "Tだと1回で了解して貰える率が下がるからOにしている" "相手の使っている略体に合わせる" "略体は使わない" といった声が多数寄せられました。(コメントされた方の中には、名だたるコンテスターの方も多数いらっしゃいました。)

 

恐らく、いにしえの時代に誰かがOを(Tの代わりに)使い始め、それがなかなか好都合だということで、コンテスト参加者に広まっていったのでしょう。もともと英語圏では、数字のゼロを慣用的にO(オー)と発音する場合があります。有名な映画シリーズ「007」は "double O seven" (ダブル・オー・セブン)と読みますし、Bouing社のジェット機 707 は "seven O seven" です。昔のタイプライターは、1や0のキーが無く、IとOで代用するのが前提のものもありました。ですから、符号の短縮だけでなく、0とOの形の類似性や慣用もあり、さらには O と書き取ってしまってもすぐに 0 と変換できる違和感の少なさも、定着に貢献した可能性があります。正規の略体とは異なりますが、慣用的に、互いが理解できる範囲で使う分には問題ないのではないかと思いますが、どうでしょうか。(もちろん、略体を使う・使わないはそれぞれの判断でいいと思います。)

 

ところで、0の略体を調べるうちに、ある事実に気づきました。英語では、数字の略体を "cut numbers" あるいは "abbreviated numbers" と言うようですが、同じ国(米国)の無線家の方でも、その cut numbers を異なる表記にしているのです。以下に例を示します。

 

1) ITU 旧TR(1949)/JA 無線局運用規則:

1 2 3 4 5 6 7 8 9 0

A U V 4 5 6 B D N T

 

2) US等で一般に用いられているもの

1 2 3 4 5 6 7 8 9 0

A U V 4 E 6 G D N T

(出典)

SWODXA.org にある資料 (Southwest Ohio DX Assoc.)

MaritimeRadio.org (New Zealand radio comm.)

 

3) 1,2とは異なる割り当て

1 2 3 4 5 6 7 8 9 0

A U W V S B G D N T

(出典)

CW OPERATING AIDS (AC6V)

 

1,2,8,9,0 は互いに共通していますが、3から7はバラバラです。いつからこうなっているのか知る由もありませんが、ITUの縛りがない今となっては、ひょっとしたら、国や地域によって結構勝手に割り当てられているのかもしれません。

 

ともあれこんな状況では、略体の使用は慎重にならざるを得ないでしょう。1,9,0 あたりはおそらく大丈夫ですが、他の略体は誤解されるか通用しない恐れがあります。また、上記出典中、SWODXAの AJ8B 氏は、cut numbers の使用はレートを上げるため(=自分を呼ぼうとする相手局を待たせないため)に必要だが、相手の理解度等を考えて、使用には慎重になるよう忠告しています。599 を 5NN ではなく ENN とすることが必ずしも良いとはいえない、ということのようです。

 

このような状況に鑑みてか、有名なコンテスト向けロギングソフトウエア N1MM logger+ では、最も略体を多用するパターンにおいても 3,7の置き換えはしないようになっています(N1MM Logger+ の設定値 参照)。ただし、5の置き換えについてはEを採用し、置き換えが選択可能になっています。

 

N1MM logger+ には、0をOとする設定もあるようです。もしかしたらJAのユーザーを意識した仕様なのかもしれませんが、上記のアンケートでは "近年、海外局からも O が送られてくる場合がある" とのコメントも頂きました。ひょっとしたら、N1MM+の普及とともに、JAの "デファクト・スタンダード" が海外進出しつつあるのかもしれません。今後の展開がちょっと楽しみなところもありますが、その一方で、"JA局が海外局に向けて0の代わりにOを送出すると全然通じない(何度も聞き返されたりする)" というコメントもありましたので、やはり海外向けには(もし略体を使うなら) "世界標準" の T を送った方がいいでしょう。

 

長々と書きましたが、結局のところ、表題の疑問に対する答えはこうなるでしょうか。

「どちらも慣習として存在している。略体を使用するなら、適切な場面で、それが通用する相手に対して使うこと。」