モールス符号を用いた交信、いわゆるCWモードでの交信では、とにかく短く簡潔に電文を送るため、さまざまな省略形が用いられます。アマチュア無線でよく用いられている 73 (セブンティ・スリー)や 88 (エイティ・エイト)も、もともとは米国で用いられていた電文の符牒に由来するそうです。また、Q符号と呼ばれる3文字の文字列からなる符号も符牒の一種と言えます。QRZ, QTH などはアマチュアでもよく使われるお馴染みの符号です。CQ も、国際的に定められた呼出のための符号です。ほかにも、長い単語を短く省略したもの、いわゆる略符号があります。ほとんどが慣習的に用いられるものですが、again → AGN や antenna → ANT, distance → DX, fine business → FB, old man → OM, thanks → TNX などはアマチュアならいつのまにか自然と使っている略語でしょう。
これらは打つ文字数を減らすために工夫されたものですが、これとは別に、モールス符号そのものを短縮する場合があります。具体的にいうと、数字に関するモールス符号には短縮形が存在するのです。日本では、無線局運用規則という法令にその定めがあります(別表第一号の3・略体)。1から0までの10種の数字のうち、4,5,6以外の数字に略体が定められており、たとえば、符号として一番長い0(ゼロ、零)は、正規の符号 "ーーーーー" に対して "ー" が充てられています。これは、欧文符号のT、和文符号のムと同じです。長音を5つも打たないといけないところをたった1つで済ませられるのだから、かなりの時間短縮になりそうです。
ほかにも、9 は "ーーーー・" に対して "ー・" つまり N(和文符号はタ) が充てられており、これはアマチュアの通信でもRSTレポートを送る際に限って非常によく使われています。実際どうかは別として、RSTレポートは 599 が送られることが多く、これを 5NN と打つ訳です。このような決まり切った(?)場面では、略体の使用が実用可能です。ただ、アマチュアの交信はプロの定時交信などとは異なり、自由文で勝手気ままに送信されるものなので、混乱を避けるためか、略体が使われるシーンはほかにはほとんど無いようです。また、この略体の定めは、通信関係の国際的な取り決め機関である国際電気通信連合(ITU)の 現在の勧告 (※注) には含まれていません。
しかし、この略体が積極的に使われるシーンがアマチュアにはあります。それは、コンテストです。ほとんどのコンテストでは、交信により、「コンテストナンバー」と呼ばれる数字の組を相手に送出し了解してもらわねばなりません。一方コンテストでは、早く・正確に交信を進めることが非常に重要です。早く送るためには、長い符号を省略し、短く送るのが有効な策の一つと考えられます。そのため実際に、多くのコンテスターが略体を用いてナンバーを送出しています。
ところが、コンテスト交信をきいてみると、日本のアマチュア局は0(ゼロ)をTではなく O(---)と略して送っているケースが多いのです。国際的なコンテストでは、略体を用いている海外局は、ほぼ T (ー)で送ってきます(皮肉なことに、日本の運用規則通り!)。どうしてこのような違いが生まれたのでしょうか?
(後編に続きます)
※注:このことについて、"日本の法令にあっても国際ルールに無いルールは日本でしか通用しないから、略体は使うべきではない" といった意見もあるようです。実は、ITUが1949年に出した "Telegraph Regulations (1949: Paris, France)" という文書には、この略体も定められていました。1950年(昭和25年)6月に官報で公布された初代の無線局運用規則は、この Regulations に従ったものといえそうです。ITUの Telegraph Regulations は源流を1865年の "International Service Regulations (Teleegraph)" まで遡ることができ、すでにこの時点で略体は定義されていましたので、この略体が日本独自のものでないことは明らかです。
運用規則のこの部分については、その後幾度となく規則が改正され、また世界的な情勢や技術の変化によりモールス通信がプロの世界でほとんど使われなくなった後も変わりなく続いていますが、ITUの方では、1972年を境にモールス符号の定義に関する文書が変わり、"ITU-T Recommedations F.1" に移行しました。WEBで公開されている文書は1988年版以後のものですが、この時点では既に略体の定義が消滅しています。しかし、日本の法令では現在まで削除されず、そのまま残っているという状況です。とはいえ、もともとは国際ルールだったものですから、"国際的には通用しない"わけではないし、限られた場面ではありますが、慣習的に現在も広く用いられているのが現況といえるでしょう。なお、ITUでは2004年に改めてITU-R Recommendations M.1677 が定められ、前述の F.1 からは2007年に削除となっています。
ちなみに、元の "telegraph Regulations" には、この略体の使用について次のような言及があります。
"In routine repetitions, if there can be no misunderstanding in consequence of the presence together of figures and letters or groups of letters, figures may be rendered by means of the following signals."
(翻訳: 日常的に繰り返す場合で、数字と文字または文字の組が一緒に存在しても誤解が生じない場合は、次の信号を使用して数字を表現することができます。)
つまり、自位置を定時に報告するなど、決まりきった内容の通信(どこに数字が現れるか明らかな場合など)に限って使用可能とされており、自由文や暗黙の了解が行われ難いような局同士の通信では、そもそも用いるべきではない、ということになるでしょう。
(2024.7.22 一部追記改訂)