「リングビット」は虐待か? | 馬術稽古研究会

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従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

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  様々な馬に関する道具の中でも、とりわけ種類が多いものと言えば、
やはりなんといっても「ハミ」でしょう。

  馬の体格やハミに対する反応の傾向、馬に求める姿勢や運動の内容などによって、それぞれに合った長さや太さ、形状の異なる色々な種類のハミが昔から考えられ、進化し続けてきたわけですが、

 そんな中でも、競馬の世界では一般的に使われていながら、乗馬愛好者の皆さんにはあまり馴染みのなさそうな、

「リングビット」の効果や作用機序、といったことについて、紹介してみたいと思います。


 

・リングビットとは?

  乗馬クラブでも、ハミの両サイドの手綱に繋がる丸い金具の部分がアルファベットの「D」の形になっていたり、あるいは上下に長い棒状の枝が伸びていたりするようなハミをつけている馬を見たことがあるかもしれません。

これらは、直進時に横方向に勝手に動いてしまう(モタれる)というような傾向のある馬に効果があるとされているものです。

  手綱を張って首を押さえることで横への傾きを修正する「圧し手綱」の操作と同じように、

開いた手綱と反対側の口を、ハミ環の真っ直ぐな部分が圧迫することで、ハミの横ズレを防ぎつつ、真っ直ぐに進むようにコントロールしやすくしているわけです。

  馬の口にあたる部分は大きい(長い)ほうが、そうした効果がより得られやすいとされています。

  そのDバミや枝バミよりも、さらに直進性を高めやすいとされているのが「リングビット」で、

最近の競馬界では、Dバミよりもリングビットの方がよく見られるようになりました。




  ハミの下のリング部分が馬の下顎を取り囲むような形で直接働きかけることで、Dバミや枝バミと同じようにハミの横ズレを防ぐだけでなく、

リングをハミと一緒に口に咥えることで、舌がハミの上を越してしまうような馬にも効果があります。

  手綱と繋がる環状の部分とハミ身は「エッグビット」と同じように固定されており、 
より口への当たりが安定しやすく、「ハマり」が良いと言われています。



オーストラリア生まれの進化形も

  そのリングビットの更に進化したタイプが、「トライアビット」です。

  従来のリングビットと異なる点は、
リングの上部が水平になっていること、
ハミ芯(真ん中のジョイント部分)と小さなリングで繋がっていることです。

  それによってハミの折れ角が制限され、棒ハミのように馬の口に均一に当たるようになっています。

  従来のリングビットでは、リングが上顎の口蓋を撫でるのを嫌がって馬が口を割ったり、通常のハミと同じように顎や舌を挟み込んだり、
また、リングが前に90度回転して下顎に引っかかってしまったり、という事ありましたが、 

  トライアビットはそうしたことも起こりにくい設計になっていて、

  リングビットの特徴である、舌がハミを越さないように矯正するという効果は残しつつ、
ハミの当たりがきつくなり過ぎないことで、馬をリラックスさせて冷静に指示に従ってくれるような状態にさせやすくなる、とされています。


◆レースでの使用

  トライアビットは、「もたれる」馬に有効なだけでなく、「行きたがる馬」にも効果的だと言われています。

  レース中にジョッキーと馬の折りあいがつかずに、双方の無駄なエネルギーの消費してしまうのを抑え、ゴール前で最大限の力を発揮できるということで、
特に長距離や障害レースでの活躍が目立つそうです。

  ユーザーは発祥のオーストラリアだけではなく、ニュージーランド・香港・シンガポール・アイルランド・アメリカへも大きく広がっており、

有名なアイルランドのエイダン・オブライエン厩舎、アメリカのウェイン・ルーカス厩舎でも取り入れられ、実際に結果が出ているそうです。


◆馴致(
ブレーキング)

  新馬の馴致で、ブレーキングビットから一般的な水勒やエッグビット等のハミに替えた際に、
もたれたり、フラフラしたり、よそ見をしながらキャンターをするなど、なかなか集中して走る事が出来ない馬をハミに集中させて真っ直ぐに走らせるのにも良いようです。

   
  トライアビットでリラックスしながらハミに集中して走ることを覚えた馬は、トライアビットを使わなくなっても、比較的そうした状態を維持しやすい、ということで、
ブレーキングビットの後にトライアビットを使用して、馬に集中して走らせることを覚えさせ、その後様々なハミに移行していく、というような方法が効果的だと言われています。

  乗馬クラブなどにもいる、強いハミや矯正馬具などを使われ過ぎて、顎を巻き込んで膠着したり、舌越ししたり、強くモタレて逸走したりといった厄介な癖がついてしまった、いわゆる「調教崩れ」の馬の再調教などの際にも、あるいは有効かもしれません。



  

  ・チフニービット(ハートばみ)との違い

  ところで、冒頭の写真のようなリングの付いたハミを着けた馬を見て、
これまた競馬場のパドックなどでよく見かける、いわゆる「ハートばみ」と混同されていた方も、結構いらっしゃるのではないかと思います。






  ハートばみ(チフニービット)は、
乗馬クラブなどでもたまに引き馬などで使用されているのを見たことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、

 テンションが高くて頻繁に立ち上がったり、前進気勢が強過ぎたりして、無口や普通の頭絡だけでは抑えるのが困難な馬に対して、
細めの金属で出来た環状のハミの両端、あるいは下側のリングにリードロープを繋ぎ、明確なプレッシャーを与えやすくする道具で、
馬に行動と結果の因果関係を理解させ、制御しやすくするものです。


 一般的なハミよりも接触面が狭く、圧力がかなり大きくなりますから、
馬が頭を上げようとしたり、走り出そうとしたような場合にも、軽くリードロープを「しゃくって」やるようにするだけでも、馬にとっては結構な精神的なインパクトがあるようで、その効果には絶大なものがあるのですが、

  その分、馬がソッパ(馬がパニックを起こして立ち上がろうとすること)したりした際に舌を傷めてしまうといった事故に繋がってしまう場合もありますから、使い方には注意が必要です。

  そうした痛ましい事故例の記事などを見て、
リングビットを着けている競走馬の写真をみると反射的に、
「あんな輪っかを無理矢理口に咥えさせて抑えつけるなんて、虐待だ!」などと非難されるような方もたまにいらっしゃるようですが、

前述した通り、「リングビット」や「トライアビット」のリングはあくまでハミの横ズレや舌越しを防ぐのが目的で、
手綱も直接連結しておらず、顎を下向きに強く抑えるような作用はなく、

むしろ、新馬のブレーキングにも使われるほど「当たりを優しくする」効果もあると言われるほどのものであり、
いわゆる「ハートばみ」とは全くの別物です。

またその「ハートばみ」にしても、それで洗い場に繋いだりといったことをしなければ、「舌がちょん切れる」ような事故はそうそう起こるものではない、ということを、どうか理解して頂ければと思います。



  ・さらなる新タイプも

 最近、このリングビットに、さらに新しいタイプのものが現れました。

WTP (WINING TONGUE PLATE =「勝つための舌抑えプレート」の意だそうです^ ^)ビット』 というもので、




  

このハミは、ハミの真ん中のプレートが舌抑えの役割を果たすだけでなく、ジョイント部分の折れ角を「前後方向だけ」の小さな動きに限定することで、

折れたハミが上顎に当たったり、舌を挟み込んだりするのを防ぐことによって、舌越ししたり、左右にもたれたりする癖のある馬でも、安定したコントロールがしやすくなるというものです。


最近試しに使ってみているのですが、


通常の細めの競走用のハミでは口を割って走る感じになることが多く、調教後にも口が比較的乾いていることが多いのに対して、

こちらのハミでは、唾液が大量に分泌されて泡立つほどで、




騎乗した感じも明らかに手ごたえが柔らかくなって、頭を振ったりすることも少なくなり、ハミ受けが安定し、走り方もリラックスして身体の使い方も柔らかくなったような印象です。




馬具屋さんの話では、厩舎関係者の方からも「驚くほど制御しやすくなった)ということで追加注文が入ることも多く、ジワジワと「ブレイク」の兆しなのだそうです。




どこの乗馬クラブにも、口の横から舌出して

ブラブラさせながら運動しているような馬や、ハミを嫌って頭を盛んに振っている馬、ハミが横ずれしてしまうほど激しく左右にモタれて逃げてしまう馬などが何頭かはいるもので、


  そんな時、クラブによっては、とにかく馬が口を割るのを嫌って、折り返しタイプのゴツい鼻革やコンビ鼻革などでがっちり口が開かないように固めてしまうのが唯一の対策になっていたりしますが、

舌越しというのは前述したような理由によって起こるものですから、思うような効果は得られないことも多いのではないかと思います。



そんな場合にも、試しにここで紹介したようなハミを使ってみることで、もう少し楽な形で運動させてあげることが出来るようになるかもしれません。


 「競馬と乗馬は違うんだから」というのが、
両方の業界の人たちの常套句だったりするのですが、
扱っている相手は同じですから、固定観念に囚われず、良さそうなものがあれば取り入れてみるのも面白いのではないかと思います。