馬を「消費」しない乗り手 | 馬術稽古研究会

馬術稽古研究会

従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

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  乗馬をある程度経験されたことのある方なら、速歩や駈歩をした時に感じる乗り心地が、馬によってかなり差があるものだということはご存知だろうと思います。
 
  例えば同じサラブレッドでも、個体によって体格や体型、骨格や関節の柔らかさなどによって、走り方にはかなり差がありますし、
緊張しやすい性格か、比較的おっとりしているか、といったことによっても、身体の使い方には違いが現れるものですから、
 
そうしたファクターの組み合わせによって、一頭一頭、それぞれに特徴的な「乗り味」というものが現れます。
 
 
「乗り味」は、持って生まれた体格や骨格だけでなく、性質や動き方によっても変わってくるものですから、トレーニングの進み具合や、疲労や故障、あるいは気分によっても変わってきます。
 
  経験豊かな乗り手ならば、そうした「乗り味」の変化から、馬の体調や精神状態の変化を掴むことが出来ますし、
初めて乗る馬でも、その性格や体質、身体の使い方の癖などをなんとなく把握することが出来るものです。
 
 
  そうした「乗り味」の中で、騎手が感じる乗り心地に最も影響する重要なファクターの一つが、馬の「柔らかさ」だろうと思います。
 
 
  球節や飛節など、関節の可動域が広くてしなやかな動きができる馬は、とてもクッションの効いた感じの乗り心地になりますし、
 
 ハミに対して柔軟に顎を譲りながら、背中や首の筋肉をリラックスさせた状態で運動できる馬であれば、運動のリズムも安定しやすく、背中の揺れ方や拳に伝わるハミへの当たり具合もマイルドな感じになり、乗っていてもとても楽な感じがするものです。
  
  
  関節のクッション性については、持って生まれた骨格に左右される部分も大きく、トレーニングによって改善することには限界がありますが、馬の身体の使い方による部分については、乗り手の工夫によってずいぶん改善することが出来ます。
 
 
  馬に、人を乗せて運動することに対する緊張感や拒絶感があったり、身体のどこかに痛いところがあったり、まだ若くて身体の使い方が未分化だったりする場合、推進の扶助に対して首や背中の筋肉が緊張して硬直し、肩甲骨や腰椎の動きが制限されて、走る時の蹄の上下動がそのまま背中や頭に伝わって同じ分だけ揺れるような、ガタガタゴトゴトした乗り心地の走り方になりがちです。
 
  それに対して、馬が充分にリラックスして、大きな動きを求めるような扶助に対しても緊張して硬くなるようなことなく、首や背中の筋肉を緩めた状態を保つことができれば、肩甲骨や腰椎の動きもスムーズになり、首や背中と四肢の動きを独立させて同時並列で働かせるような動き方ができるようになり、弾発の効いた力強い動きをしても、乗り心地は比較的柔らかな感じになるものです。
 
 
  そうした動きには、必要なバランスを維持できる姿勢で運動するための、ある程度の体力が必要で、慣れない馬にとっては少ししんどいかもしれませんが、全身をバランスよく使うことで、局所に余計な緊張を残したまま、おかしなバランスで運動するのに比べて、局所的な苦痛も少なくなり、身体を痛めるようなリスクも少なくなるのではないかとと考えられます。
 
 
 というわけで、ここからは、馬の動きを「柔らかく」して、人馬がお互いに楽に、気持ち良く運動できるようにするための方法を考えて見たいと思います。
 
 
  
・「サプルネス」と「フレクション」
 
 馬場馬術ので、馬の調教度の要素として
 
リズム
サプルネス
コンタクト
インパルジョン
ストレイトネス
コレクション
 
というような言葉がありますが、
 
馬の乗り味の「柔らかさ」に主に関わるのは、このうちの『サプルネス』という部分です。

  直訳すれば、「譲り」「融通性」というようなことになるかと思いますが、
 
要するに、馬が人間の扶助に対して抵抗するような力を抜いて、うなじから尻にかけてのアウトラインを丸くしながら動いた方がより楽だということに自ら気づいて、

ハミに対して柔軟に顎を譲り、左右に身体をベンドさせるような要求に対しても柔らかく体を使いながら応えてくれるような状態、といったところでしょうか。
 
 馬をこの状態に導くためには、
まず、馬の身体の中でも特に顎を譲る動きに関わる、首から喉にかけての部分の柔軟性(フレクション)から始めてみるのが一番わかりやすそうですが、
 
 といって、ハミに抵抗して頭を上げようとしているような馬に対して、いきなり両手綱で顎を下向きに抑え付けて頭を下げさせようとしてもなかなか上手くいかないでしょう。
 
 
 そんなときは、まずは左右方向への柔軟性(サイドフレクション)を求めることから始めてみるのが良いだろうと思います。
 
  常歩や速歩で前進しながら、片方の手綱を少し控え、馬の顔をほんの少し、後ろから頬革が見える程度に横に向けてくれるように要求して、

馬が抵抗するような力を抜いて譲ってくれたら瞬時に手綱を控える力を緩めて楽にしてやることで、それが顎を譲ったことで得られる「報酬」だということを、馬自身が理解できるようにしてやります。
 
 次に、馬が肩から外方に逃げないように、外側の手綱のブレーキと脚を効かせつつ(この感覚を覚えるために、事前に馬の顔を外に向けながら小さく回転するような練習しておくと良いかもしれません。)、輪乗りを行います。

  内方脚で推進し、内方の手綱を控えて内方に顔を向けた姿勢を求めるようにして、先ほどと同じように内側に向いてくれたら内方手綱を楽にする、という操作を繰り返します。
 


 内方手綱を控える際のコツとしては、

内方の拳を横に開いて後ろに回すように引くと、上体が捻れて反対の肩が前に出て、外方手綱が緩んでしまいやすいですから、

拳の動きを体幹から独立させ、手綱を開かずに馬の首に沿わせながら軽く引き上げるようにして、

馬の顔を内側に向けると同時にちょっと下向きにさせるような感じにしてやると、
 
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手綱を楽にしてやった時に、馬が自分で頭を前下方に向かって下げようとするような動きが現れやすくなるだろうと思います。



 そうして、項を低く、アウトラインを丸くしながら動いた方が楽だということに馬自身が気づけば、だんだん、ハミを弾いて上に撥ね上げようとするような首付け根辺りの筋肉の緊張が解けてきて、馬の肩甲骨がスムーズに動くようになってくるのがわかるでしょう。
 

 それでも輪乗りの手前を変えたり、もっと活発に動かそうと推進した時にはまた緊張が現れるだろうと思いますが、

反抗されても熱くならずに、なるべく軽い力でベンドを求めては譲る操作を繰り返しながら、だんだんと馬の頭を前下方に導いていくと、

少しずつ、初めよりも伸びやかでリズムの安定した、乗り心地の良い動きに変わってくるのではないかと思います。
 


・伸ばせない馬は起こせない

 そのようにして、馬体が低伸し、手綱を長く伸ばした状態でもペースをコントロールできるようになれば、それは即ち、馬の後肢からハミまで力の流れが滞ることなく繋がった、「コンタクト」の取れた状態ということになります。
 
  そういう関係性が出来てはじめて、馬を真っすぐに(ストレイトネス)誘導したり、ハミを前下方に押そうとする力の反作用を利用して馬のバランスを起こし、弾発(インパルジョン)のある動きや収縮(コレクション)した姿勢を求めたりすることが可能になるわけですから、
 
  馬場競技の演技のような収縮姿勢で、二蹄跡運動や踏歩変換を決められるようになりたい!と思うのであれば、
 
まず、そこに至る前の段階の「サプルネス」や「コンタクト」といったことを、人馬がともにしっかり理解して、いつでも出来る状態になっている必要がある、と言えるでしょう。
 


・馬を「消費」しない乗り手に
 
 こうした高度なコミニュケーションには、「相手の動きの変化を感じ取り、頭では常に次の動きを考えつつ、余計な力を抜いて自然に動く」というような、まるで武術とか熟練の職人仕事などと同じような精妙な身体操作が求められますから、
 
とくに競技を目指しているわけではないというような人馬にとっても、
これだけで十分に面白い稽古になるのではないかと思います。
 
  そのような稽古によって、ただ自分の楽しみの為に馬を「消費」してすり減らすだけではない、
乗ることで馬たちの疲れた身心を癒し、動きを改善してあげられるような技術を持った乗り手が増えてくれれば、人馬相方にとって幸せなことだろうと思いますので、

こうした記事が、ご興味のある方の参考になりましたら幸いです。