馬の「伸ばしかた」 | 馬術稽古研究会

馬術稽古研究会

従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

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  馬に乗る時には誰でも、自分なりに考えた理想的な状態をイメージしながら、そこになんとか近づけようと試行錯誤していたりするものだろうと思います。


  ですが、馬の方にもその日の調子とか、それぞれの体型や性格、癖といった違いがありますから、
乗り手がこうなって欲しいと考えているような状態に持っていくためには、教本に書いてあるような「正しい姿勢」でただ固まって頑張っていれば良い、というようなわけにはいきません。

  まず、それぞれの馬の性向やその時の状態を把握して、それらに応じた乗り方をしながら、こちらが意図した状態に馬が近づいていくように導いていく、という作業になるわけです。


  ある意味では、その過程こそが馬術の醍醐味であるとも言えるでしょうし、そうした経験をたくさん積むうちに、多くの「引き出し」が出来て、様々な馬のパターンに対応できるようになった人が、「上手な人」なのだ、と言っても良いのだろうと思います。



  今回は、そんな「引き出し」としていつかは役に立つかもしれないというものを、一つ紹介してみたいと思います。


・「詰まる馬」を伸ばす方法

  口が軽くて、顎を譲って屈撓したような形にはなりやすいのだけれど、手応え良くハミに出ず、歩度を伸ばそうと脚や鞭を使うと余計に「詰まって」きて、下手をするとその場に立ち止まって膠着してしまう、

あるいは、小股でチョコチョコとした歩様で速くは走るのだけれど、身体を大きく使った伸びやかな運動をさせることが難しい、

というような馬に出会ったことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。


   元々真面目なタイプだった馬が、折り返し手綱や強いハミで乗られるうちに、顎を巻き込んで動くような癖がついてしまったとか、
過去に嫌な思いをしたことがトラウマになって前に出るのを怖がるようになったとか、
賢くて奸が強い馬で、気分が乗らないとすぐ人を見てサボる、など、

パターンは幾つかあるようですが、共通しているのは、「ハミに出ない」というところです。


  口にハミが固く当たるのが嫌だったり、後肢や腰に問題を抱えていたり、あるいは、単純に面倒臭がりだったりして、ハミと後肢が繋がった状態で、後肢で負重しながら力強く踏みこむ、というような動きを、極力避けようとします。


  こうした馬に、少しでも手応えよくハミに出ながら、大きなストライドで動いてもらえるようにするためには、馬がそうした動きを「気持ちいい」と感じてくれるように、ということを考えて運動を行うことがポイントになります。


  例えば、馬が推進扶助に応えて後肢を踏み込み、少しでもハミに手応えを感じたら、それを拳で柔らかく受けながら少し譲って、ハミを前方に押し戻させてやるようにして、馬がもっと首を伸ばしたくなるように、誘ってやります。
(子どもや小柄な女性などが、手綱を詰めようとしては馬に引っ張り返されて振り解かれる、というのを繰り返しているような動きを、わざとやるような感じです。)


  馬がハミを「当たると痛いもの」として萎縮するのではなく、これに軽く頼りながら、首を伸ばして背中を使って動いた方が楽で気持ちいい、と思ってくれるようになれば、だんだ推進しても背中が緊張して詰まってくるようなこともなくなってきて、歩度を大きく伸ばしていけるのではないかと思います。


・「低伸運動」の効用

  馬が首を前下方に低く伸ばして、背中を使って大きく後肢を踏み込んで動くように導いていくような運動を、「低伸運動」といいます。

  競技馬の調整のためのフラットワークやウォーミングアップなどにおいても、馬の背中の筋肉の緊張をほぐし、肩や股関節の動きをよくするような運動方法としてよく行われます。

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  馬が、この姿勢で動くことを楽だと感じて、自ら好んでこの姿勢をとろうとするような意思を持つことで、首を伸ばしてハミを前下方に向かって押し込むような身体の使い方をしてくれるようになります。

  それによって馬の後肢の力が真っ直ぐにハミに向かうようになれば、力強く大きなストライドで駈けさせたり、目標に向かって真っ直ぐ誘導したり、カチっとした手応えブレーキで停止や後退を決めたり、といったことが容易になります。


・伸ばせない馬は起こせない

   馬が前下方にハミを押し込もうとしてくれるからこそ、その反力によって馬の体勢を起こして後肢に負重させるようなバランスに持っていくこともできるようになるわけで、逆にこれが出来なければ、馬術で求めることのほとんどが実現不可能になってしまうと言っても過言ではありませんから、

低伸運動が出来るようになることは、馬の調教の基礎としても、騎手の技術としても、とても重要なものです。


  また、このような運動を騎乗した状態で行うことは、騎手が拳を体幹の動きから独立させ、馬の頭頚の動きに追随させながら手綱操作を行うのに必要なバランスや感覚を養うためのトレーニングとしても、非常に効果があるものだと思います。



・低伸が難しい馬

   しかしながら、前述のような、ちょっと人間不信気味だったりして萎縮してしまいやすいような馬でこれを行おうとすると、ちょっと ハミが衝突したり、推進扶助が強かったり、騎手がバランスを崩して尻餅をついたりしただけで一瞬で馬が「詰まって」しまって、なかなか思うように伸ばすことが出来なかったりします。

  こういう馬を再びハミに出てきてくれるように誘うためには、馬に余計な負荷をかけないための高度なバランス能力や、的確でタイミングの良い扶助操作といったことが要求され、ちょっと口の強い馬に顎を譲らせて収縮させるようなことよりもずっと難しいものです。


・「ネックストレッチ」で伸ばす

  騎手は、馬の頭より後ろに乗っているわけで、手綱で馬を前から引っ張って伸ばしてやるようなことは出来ません。

   縮こまっている馬に伸ばした運動をするためには、馬自身に、ハミを前に押し込んで首を伸ばそうとしてもらう必要があるわけですが、ハミに不信を抱いていたり、背中が緊張しやすい馬に、そうした動きをどうやって求めるのか、ということが難しいわけです。


   そういう馬に対して、私が過去に試してみた方法の中で意外に効果があったのが、「ネックストレッチ」を使った方法です。
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 「ネックストレッチ」は、一般的には馬のうなじからハミ環を通して腹帯に繋ぐように取り付け、馬の首を屈撓させて軽く収縮したような状態で安定させるために用いられる道具です。
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  同じような使い方をするものに「サイドレーン」がありますが、



それと違うところは、伸縮性のある素材で出来ていて、馬への当たりが比較的ソフトだということと、うなじを抑えることによって頭を低く下げさせるような効果があることです。

   とはいえ、通常の使い方では、サイドレーンと同じように、馬の首を屈撓させる感じになり、低伸にはなりません。

  ここで紹介するのは、通常とは全く異なる使い方で、ネックストレッチの弾力と当たりの柔らかさを利用して、馬が低伸したくなるように誘ってみよう、という方法です。


  まず、頭絡のハミ環に、ネックストレッチの両端のフックを取り付けて、手綱と同じように馬の首にかけます。

  それを手綱と同じように握ってハミを操作し、馬に低伸運動を促してみるのです。


  ハミが馬の口に当たった時に、この「手綱」が柔らかく伸びることによって、口への衝撃を和らげます。

  その当たりの軽さと柔らかさによって、普通の手綱では萎縮してしまうような馬でも、「ちょっと首を伸ばしてハミを押し返してみようかな」というような気を起こしてくれやすくなるのです。

  これによって、馬は、顎を巻き込んで外したりせずに、だんだんハミに出るようになってきます。

  そうして馬が背中を使って動くようになってきたら、馬を緊張させないように、少しずつ推進を強くしていき、ハミで馬を誘いつつ、だんだん歩度を伸ばしていきます。


   当たりの優しい樹脂製の棒バミや、カギの付いた「ブレーキング(馴らし)ビット」などと併用してやれば、さらに低伸させやすくなるのではないかと思います。

  (何かの拍子に急に暴走されたような場合にブレーキをかけられるように、一応普通の手綱も一緒に握っておくことをお勧めします。)



  馬場馬術のレッスンいうと、ひたすら馬を推進し、収縮させることに一生懸命で、
馬に身体を伸ばすように促す、というようなことを意識することはほとんどないと思いますが、

徒らに折り返し手綱や大勒ハミなどを使うことで馬が縮こまって前に出なくなってしまっては、元も子もありません。


  とにかく馬を「ハミに出そう」と、やみくもに強く脚を使ったりして推進するだけでなく、

折り返し手綱やネックストレッチなどを上手に
使って「低伸運動」を行ったりしながら、馬が自ら身体を伸ばして大きく使おうとしてくれるように促すような稽古を積むことで、

どの馬でもそれなりに手応えよく、真っ直ぐに「ハミに出す」ことが出来るようになるかもしれません。