「譲り」の効用 | 馬術稽古研究会

馬術稽古研究会

従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

ご意見ご要望、御質問など、コメント大歓迎です。

   

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 乗馬を始めてまだそれほど経っていないような
方からよく頂くご質問の一つに、

  馬たちは、あんなに深く首を曲げられて、苦しくないの?」

というのがあります。

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  確かに、鼻梁が垂直になるほど首を深く屈撓させた姿勢で、口から泡を吹きながら汗だくで運動している馬たちの姿を見れば、

いかにも苦しそうで、まるで虐待されているような印象を受けるのも、無理はないかもしれません。

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(※ あの「泡」は、馬が口を割ったり舌を越したりすることなくハミ受けが安定し、大量に分泌された唾液が口角付近に溜まって泡立ったもので、
むしろ『馬が集中して気分良く動いている証拠』として、良い兆候だとも言われます。)


  指導者の中にも、サイドレーンや折り返し手綱を用いて無理矢理そのような形を作ることは、馬が頚椎や靭帯を傷め、骨格の変形などを招くとして、これらを嫌う人は少なからずいますし、

ネット上にも、ハミの使用や、さらには乗馬という行為そのものにも反対するような意見もみられたりします。




 ・ 馬に顎を引かせる理由
  
  何も知らない馬にハミを咥えさせて、そこに繋がった手綱を頭の後ろへ向かって引っ張れば、馬は防衛的な反応として顎を上げてハミを弾き、ハミの圧力を躱(かわ)そうとしますから、馬の頭は上がってくるのが自然です。

  そうなると、馬は背中を反らしたまま脚だけで歩くような感じになって、全身を連動させて大きく歩幅を伸ばすことが難しくなります。

  前後のバランスも中立に近くなりますから、大抵の場合馬は減速し、そのうちに走る気を失って停まる、ということになるわけです。


  ですが、このような「反った」姿勢では、スピードもあまり出ない代わりに、

馬の後肢の運動と、頭頸の動きとの関連性が薄れるために、手綱でブレーキをかけた時の手応えが、自転車で言えばブレーキのワイヤーが伸びてしまった時のような、フニャフニャ、スカスカした感じになって、
停めたいところでカチッとブレーキを効かせることが出来ず、

馬のテンションが高くなっているような場合には、なかなか常歩に落とすことが出来なかったりします。


  馬を手綱でスムーズにコントロールするためには、馬の頭の位置を安定させ、後肢を地面に踏ん張った力の反力が、常にハミへとダイレクトに伝わるようにしておくことが大切です。


  そのためには、馬に、頭を上げて抵抗するよりも、背中や頸の筋肉の力を抜いて顎を譲った方が楽になる、ということに「気づいて」もらって、ハミに対する馬の拒絶感を取り去り、リラックスして運動してもらうことが必要になります。

  それが、人間が大昔から大勒やカーブビット、ハックモア、折り返し手綱、サイドレーンなど、様々な道具を用いて馬に顎を譲らせ、顎を引いた姿勢で運動するように調教してきたこと目的の一つとして挙げられるでしょう。

 

  しかしながら、馬も生き物、楽をするための方法を常に考え、こちらの「技」を色々な方法で躱してきますから、なかなか簡単ではありません。


  そうやってずっと顎を譲らせた形で運動させていると、そのうちに今度は顎を深く巻き込んで前のめりにハミにもたれるようにして動くようになったり、

 あるいは、頭を上げて背中を反らしたままの状態で顎を引いてハミを外し、ツンツンと小股で走るようになったり、ひどい場合には、推進しようとするとその場に膠着したり立ち上がったりして騎手に手綱や脚を使わせないようにするような「戦術」を覚えてしまったりすることもあります。

 ( 馬が自らそうした形になろうとするくらいですから、冒頭のご質問のように窮屈そうに見えても、馬にしてみれば、ハミを突き破ろうと全身で力み続けるような動き方に比べれば、むしろ楽な姿勢なのかもしれません。)

 
  そうやって、一度「ハミを外して」サボることを覚えてしまうと、そこから再びこちらの思うような伸びやかな運動をしてもらうには、それまで以上に繊細かつ複雑な扶助操作が必要になり、とても初心者の手に負えるものではなくなります。
 

 
競技馬術の価値観では、

「手ごたえ」が軽いのは、馬がその抵抗を嫌ってハミを外してしまっているか、あるいは後肢がしっかり踏み込んでいない証拠であるから、馬の本来の能力を充分に発揮させているとはいえない、

あるいは、そんな風に「楽をしている」ような感じの動き方は、努力感を尊ぶアスリートの精神に反する、というようなことになるのかもしれませんが、

顎の「巻き込み」は競技に関わっている人たちの間では一般的に「悪癖」として非常に嫌われる傾向があります。



  そうした「弊害」にもかかわらず、古来から人間は様々な道具を使って馬に顎の譲りを求めてきたのは、何故なのでしょうか?


   そこには、先ほど挙げたような操作上の都合や、馬を「力づく」で押さえつけて人間だけが楽をしようというようなことばかりでない、もう一つの大きな目的があるのではないか、と私は考えています。


  それは、馬が騎手の扶助に対していちいち抵抗し、力んで無駄なエナルギーを消費することなく、楽に仕事をこなしながら、

かつ、様々な環境の変化にもパニックになったりせずに落ち着いて、居着かずに素早く対応できる、というような、

「仕事に使える動き」を出来るようにさせてやる、ということです。



  馬自身に「気づき」を促し、ハミに対する反抗や緊張による力みを取り去って、頚椎から腰椎にかけて背中が丸くアーチを描いた姿勢でリラックスして動くことを覚えることで、反撞がゆったりとソフトな感じになれば、乗っている人間だけでなく、馬の背中への負担も軽減されるでしょうし、

  首や肩、背中周りの筋肉の緊張を緩めることで肩甲骨や股関節周りの動きがスムーズになり、四肢を様々な方向へスムーズに動かすことができれば、路面の凹凸や突発的なアクシデントにも落ち着いて対応することが出来るだろうと考えられます。


  そのような動きは、限定された条件で行う競技などよりも、むしろ牧畜作業や乗馬クラブのレッスンのような日常の仕事の中でこそ特に有効なものであり、

それこそ、有史以来馬とともに仕事をして生きてきた先人たちが工夫してきた、スポーツではない、「仕事」の技術としての馬術が本来目指していたものではないかと思います。


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  そのような観点で考えると、
競技では
「コンタクト不足」「踏み込み不足」などと減点されたり、「あんなに首を折り曲げて可哀想」などと言われるような形の中に実は、

疲れにくく、身体を痛めず、状況の変化にも瞬時に対応できるような、仕事に適した『プロの動き』が隠れていたりするのかもしれません。

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  勿論、なんでも巻き込ませれば良い、というわけではないでしょうが、

馬の「譲り」を促し、リラックスした動きに導いていくような方法を考えてみることで、

馬との会話を楽しみつつ、より安全で気持ちの良い乗馬を楽しむことに繋がるのではないかと思います。