馬が「引っかかる」理由 | 馬術稽古研究会

馬術稽古研究会

従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

ご意見ご要望、御質問など、コメント大歓迎です。

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  乗馬を習い始めた当初は、ほとんどの方が

「馬にブレーキをかけたいときには、身体を起こして手綱を引っ張る」

「走らせたいときは、手綱を緩める」

というような感じで教わるのではないかと思いますが、

それからしばらくして、ある程度の乗馬経験を積んだ方であれば、「そう単純なものでもない」ということもご存知でしょう。


   元気な馬を抑えようと何度もブレーキをかけているうちに、だんだん馬のテンションが上がって、止められないような感じになってしまったり、

逆に、走って欲しいと思って手綱を緩めると、馬が力を抜いて止まってしまったり、

といった経験がある方も多いのではないでしょうか。


  
  馬に、希望する速さや歩様で安定して運動してもらえるようにするためには、手綱による単純な抵抗とか、前後のバランスといった物理的な操作だけでなく、

馬に能力を発揮してもらう上でのもう一つの重要な要素である、馬の「気分」や「テンション」 といったことを上手くコントロールするための工夫が必要です。

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・「負荷」による推進


  それに関して、最近、読者の方から以下のようなご質問を頂きました。

『 競馬を観ていると、最後の直線でレースが一番盛り上がる場面で、騎手が馬に鞭を入れながら、鞍にお尻を付いたり、前にのめったりしているような光景があるのですが、

馬が前進しているときに騎手がお尻を付いたりしたのでは、馬はハミを引っ張られる状況になり、負担が掛かるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?』



   確かに、レースの中継映像では、外国人や地方競馬出身の騎手などが豪快に全身を使って馬を追う姿をよく見かける一方で、そうでもない感じの騎手もたくさんいますから、何のためにそうしているの?と不思議に思うのも無理はないだろうと思います。

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   レースの終盤で騎手が馬の上で立ったり座ったりしているように見えるのは、「坐骨で推す」とか「追う」などと呼ばれる、騎手の身体の動きによって馬を推進する技術の一つの形です。


  乗馬でも、競技で高い障害に向かう時や、大きく伸長した速歩を求める時などに、騎手が上体を起こし、一歩一歩腰を入れるような動作を繰り返しながら馬を推進することがありますが、


   競馬騎手の「トントン乗り」もそれらと同じで、馬の動きに先行するような感じで馬の負荷を減らすように随伴するのではなく、あえて一瞬重心を遅らせ気味にしたところから、前に「押し込む」ようにして随伴することで、馬を刺激し、発奮させることで歩度を増大させようとするものです。


   そのときの騎手の感覚としては、「バスケットボールのトリプルのバウンドを大きくするような感じ」などと言われたりしますが、

現実には、物理的に人が背中を押した力で馬が速くなるわけではなく、刺激によって馬のテンションが上がり、より力強く動くようになる、といった方が合っているような気がします。


  初心者の駈歩レッスンなどでも、「あの人が乗ると何故か良く走る」というような方が時々いるものですが、ちょっと馬に遅れ気味の後傾したバランスと、上体を煽るような身体の使い方によって、自然と「追える」ような乗り方になっているのだろうと考えられます。


  これらは要するに、馬が動くのにちょっと抵抗を感じるくらいの軽い負荷によってより力んで「本気」を出してくれるのを狙うような方法ですから、

手綱も、完全に緩めてしまうより、ちょっとぶら下がり気味に軽く引っ張っているくらいの感じの方が効果が高まったりします。

  そうやって、口角に「ハミをかける」ことによって、馬が力強く手綱を引っ張り返しながら、さらに首を伸ばして大きなストライドで走ろうとするような、いわゆる「ハミを噛んだ」状態になるように促すわけです。

   このようにして馬を「ハミで動かす」感覚というのは、鐙が短くて脚を使うのが難しい競馬の騎手や、馬に乗らずに馬を推進することを求められる「ばんえい競馬」の騎手、あるいは馬車の馭者などにとっては、「生命線」とも言うべき重要なものの一つでもあります。



  ですが、これらの技術を、馬にやる気にさせ、持っている能力をしっかりと発揮してもらうためのものとして有効に作用させるためには、馬にかける抵抗や負荷は、あくまでも動きの妨げにならないように、最小限に留める必要があります。

  タイミングがズレ過ぎて馬の動きとぶつかったり、お互いの力が相殺し合ってしまうようでは意味がありません。




   レースで見る「トントン乗り」の騎手の動きも、一見するとただ尻餅をついているようですが、よく見ると、乗馬の軽速歩と同じように、完歩のタイミングに合わせて柔らかく着座しながら、腰を丸めるようにして坐骨を前に押し出すように随伴させていて、

初心者の方が駈歩レッスンでポンポン跳ね上げられているような状態とは随分違っていることがわかるのではないかと思います。




・馬が止まらなくなる理由

   ここまで読んで、既にお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、

乗馬のレッスンで、元気のいい馬を抑えようとして引っ張っているうちに、だんだん馬のテンションが上がって止まらなくなってしまうのも、

多くは、騎手のバランスによる負荷によって馬が「ハミを噛んだ」状態になってしまっているためだろうと考えられます。
 
  馬に思った以上に元気よく走られると、どうしても重心が遅れがちになり、尻餅をついたり、手綱にぶら下がってしまったりしやすくなります。

 そうすると、馬は口にかかる騎手の体重と釣り合いをとるために、ハミにもたれるように体重をかけて前下方に引っ張り返しながら走ろうとするようになります。

  その際、ハミの圧力による痛みから逃れようとして顎を巻き込み、さらに前のめりの姿勢になることで、手綱を引っ張っても止まらないような感じになったり、

馬が巻き込んだことによって余った手綱を騎手がさらに短く詰め直してしまうことで馬の姿勢がだんだん窮屈になり、そのうちに爆発したりという事態になるわけです。


  このようにして、馬との「折り合い」を失って、引っ張っても止まらないし、今さら手綱を緩めることも出来ない、というような状態を、競馬では「ハミが外れない(抜けない)」とか「引っかかった」というように言います。

(乗馬でも、レッスン中に物見をしたような馬に突っ走られることを、「引っかかった」というように言うことがありますが、
その場合は、どちらかというと騎手の方が固まってしまってブレーキをかけられないような状態になっていることが多く、競馬のそれとは、ちょっとニュアンスが違うような気がします。)



 ・ハミを抜く

  そうした状態に陥るのを防ぐためには、そうなる前に  なんとか馬と折り合いをつけて、手綱を弛めることが出来るような状況をつくる、ということがポイントになります。


 一般的な乗馬のレッスンで習うような、「上体を後傾させて手綱を引っ張り、馬を起こす」というブレーキでは、馬をより収縮させて力ませることになり、馬のテンションを落ち着かせる上では、むしろマイナスとなります。

  馬の力みを取り去り、落ち着きを取り戻させるには、馬を収縮させるのではなく、逆に馬の身体を伸ばし、ハミから後肢の距離を遠くしていくようにして、脱力させていくような操作が必要です。


  そのためにはまず、馬の動きに遅れて尻餅をついたり、手綱にぶら下がったりして馬を刺激してしまうことを出来るだけ避けることが大切です。


  馬に遅れないバランスを保ちながら、手綱で軽くコンタクトを取って、馬がハミを前下方へ押し返したくなるように誘い、

馬が引っ張り返してきたら、少し手綱を譲って頚を伸展させてやりながら、その力を騎手の骨格を通して鐙へと伝えるようにすることで、

馬が後肢を踏ん張ってハミを押した力は全て馬自身の背中にかかってくるのだ、ということを気づかせることで、無駄な力を抜かせていきます。


  このような操作を、競馬では「(引っかかった)ハミを外す」とか「ハミを抜く」というように表現し、

それによって緊張して勝手に収縮してリズムが速くなってしまうような馬を落ち着かせ、手綱を緩めてもゆったりとしたペースを保てるような精神状態にさせることを、「折り合いをつける」というように言います。



・必要なのは「何もしない」こと

  このような操作には、先の「坐骨で推す」ような方法とは逆に、馬が負荷を感じることでテンションが上がってしまわないように、馬の上で極力「何もしない」でいられるようなバランスが不可欠です。

 ですが「何もしない」とは言っても、ただ動かずに固まっていれは良いというわけではありません。

  乗馬ではよく「緊張すると馬に伝わる」などと言うように、力が入り過ぎて身体の動きが硬くなり、随伴が不十分になると、

馬の感じる負荷が増し、敏感でテンションの高くなりやすい馬はかえって力んでしまいやすくなります。

  「何もしない」というのは、馬が感じる負荷を限りなくゼロに近づける、という意味であり、そのためには、馬の動きに先行するような積極的な随伴や、「前に倒れそう」というくらいの微妙な姿勢を保つバランス感覚が必要です。

  そのようなバランス能力が今ひとつで「引っかかって」しまいやすい乗り役のことを、競馬では「当たりが硬い」などと言いますが、乗馬の初心者の方で、元気な馬や敏感な馬が苦手だという人が多いのも、この「当たりの硬さ」のためであろうと考えられます。




・竹馬のバランス

  馬への「当たり」を柔らかくして、敏感な馬とも折り合いをつけられるようになるためのバランス感覚のヒントとして、『竹馬のバランス』というのがあります。




  ある調教助手の方によると、競馬の騎手はレース中、トモ(後肢)から押し上げてくる反撞を、足首や膝を使って完全に「抜いて」しまうのではなく、

「身体に「芯」を残し、反撞で自分も前に飛び出すような感じ」

で重心を先行させ、手綱につかまらないようなバランスを保っているのだそうです。

  ちょうど、竹馬に乗って前に歩こうとする時のように、僅かに前に傾いた「前進しなければ倒れてしまう」というくらいの微妙なバランスをとることで、余計な力を使わず、馬の負担を軽減することができるのだろうと考えられます。



・引っ張らずに抑え、ハミで動かす

  元気のいい馬を落ち着かせたいときには、身体の随伴の動きを止めて後ろに引っ張るのではなく、しっかり身体を随伴させながら馬の動きに乗り続ける必要があります。

  そうすることで、はじめて「何もしない」でいられるようになり、テンションを上げずに折り合いをつけるための操作をすることができます。

  逆に、詰まって膠着したり、脱力して止まってしまいやすい馬には、「走れ、走れ」と焦って前傾したり、手綱を緩めてしまうのではなく、馬を「ハミを噛んだ」状態に持っていくつもりで、手綱のコンタクトを保って誘ってやるようにする方が良いかもしれません。


「止めるときには引っ張る、走らせるときには弛める」たけでない、馬のテンションをコントロールするためのバランスの取り方や手綱の使い方を覚えると、よりレッスンが面白くなるのではないかと思います。