国旗や国歌斉唱の話題って割と頻繁に起きていますよね。
不起立であったり、不起立したことを理由に処分されただったり。
今日は下村博文・文部科学相が東京都内で開かれた国立大学86校の学長を集めた会議で、入学式や卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱を要請したことがニュースになりました。
国旗や国歌は「国の象徴」ですし、国旗・国歌法によって定められているので何ら問題ないはず…なんですがやはり教育機関やリベラル派は許してくれません。
大学は大学で「自治権は国とは独立している」と言うし、中高では「思想信条の自由だ」という、リベラル派は「軍国主義の象徴だ」という。
…でもですよ、そういった独立した運営や、自由が保証されているのってどこのおかげでしょうか?
日本によって保証されているからでしょう。
その日本の象徴であるものに対して不快感を抱くというのは、日本を将来背負って立つ学生を教育する機関として、そして「公務員」としてどうなのでしょう。
国からあらゆる自由や資格の保有を認められているのに、その国に自由だ何だと反発する…矛盾でもありますし、自分勝手ですよね。
書き方が悪かったですが別に国に従順になれ、というわけではありません。
それこそそれは独裁国家の中に生きる国民と変わりありません。
ただ、国によって「生かされている」以上、自分の国に感謝し大切に思うのは万人が有すべきものではないでしょうか。
とした時に出現するのが、リベラル思想の人間です。
まぁ上記のようなことを言っているのもそういう方々ではありますが。
上記のような主張が出てくる背景が第二次世界大戦中の「日本軍国主義」の存在です。
彼らは国旗や国歌は軍国主義を連想させる!!と言います。
その理由としては国旗に関して言えばその旗を掲げながらアジアを侵略した軍隊の姿、国民を煽った姿。
国歌は「天皇陛下」について歌ったものですからそれも軍国主義に利用された、それを再び用いれば日本は軍国主義に戻る、といった主張です。
はっきり言わせてもらえば言いがかりも甚だしい、といったところです。
確かに「天皇」の名は広く悪用されたといっても過言ではないでしょう。
しかしそれは利用した人間の問題であって、天皇陛下に罪はありません。
また軍国主義であろうと日本の国旗や国歌が国の象徴であったことに変わりはありません。
そのため、それが前面に出るのは仕方のないことでしょう。
でもそれが軍国主義の象徴?利用された?
…どうやってでしょう…
国旗掲揚や国歌斉唱がどうやって軍国主義になっていくのか…
正直彼らの発想力の豊かさに感動します。
未だに世界で軍隊が派兵されるときなどに国歌が演奏されたり、国旗が軍旗として使われている実態や式典の際に国旗を掲げている国民たちをどう見るのでしょうか。
それがなぜ日本軍の姿や旗を振る国民の姿が異質と思われるようになったのか。
それはやはりGHQの植民地政策とリベラル派の尽力の賜物です。
徹底的に日本人が再起できないように日本の精神文化を否定・破壊しましたからね。
これについては話が逸れるので別の機会にします。
とにかくここは「日本」です。
その日本で入学式や卒業式などの記念行事で国旗掲揚や国歌斉唱を行うのは問題ないのではないでしょうか。
特に「国立」なら尚更でしょう。
また下村文科相は「長年の慣行により国民の間に定着している」と発言されました。
皆さんも国歌斉唱とかってその場のノリで「ご起立ください」と言われたからやる、といった感じでやりませんでしたか?
不起立の話題になりますが、もはや従来から国旗掲揚や国歌斉唱を行っている教育機関等では慣行なのです。
それを軍国主義だ何だと言って不起立するのは、もはや「マナー違反」、常識の問題だと思うのです。
思想信条の自由も無制限ではありません。
社会や学校というのは一定の規律があるから成り立つのであってそれを思想信条を理由に何でも認めれば崩壊します。
そんなことも分からず「思想信条の自由」という名の自分のエゴを通そうとする常識のない人間が「教育者」として相応しいと思いますか?
私は決して国旗掲揚や国歌斉唱を強制させようと考えているわけではありませんし、政府も「各大学の自主判断」としています。
やはり各大学にも事情はあるでしょう。
しかし、「的外れな思想信条」に基づく反発であるのならそれは是正する必要があると思います。
やはり反発する大多数の方の根底に「軍国主義」といった日本への不快感があるように感じられます。
自由、資格、生存権ありとあらゆる権利は日本という国があってこそ保証されています。
にも関わらずその権利を盾にその日本の象徴である国旗や国歌の掲揚、斉唱がこれだけの問題になってしまう。
日本のあまりの左傾化に恐ろしくなります。