2019年は、やたら「レガシー」という言葉が脚光を浴びた年である。
「レガシー」とは、過去に築かれた精神的、物理的遺産という意味であるが、私はそれを私自身にとって人生の分岐点となるようなものと捉えていた。
しかし、近年はもっぱら若者たちの心に残したいものと考えるようになった。
「レガシー(遺産)なんて、そんな大袈裟な!」と言う人もいるかも知れないが・・・
35年前にラグビーの海外遠征に参加し、私は30年以上(人生の半分)をオーストラリアで暮らしている訳で、あの時の異文化体験は私の人生に大きな影響を与えたレガシーと言える。
だから、私は若者たちにそれくらいの体験をして欲しいと願う。
9月のW杯に合わせたTSSの日本遠征・・・
日豪双方の若者たちにレガシーを残すことが出来たのではないだろうか。
その興奮も冷めやらぬ3ヶ月後の12月、宮城県立利府高校スポーツ科学科のスタッフ、生徒(総勢85名)が修学旅行でオーストラリア(ゴールドコースト)にやって来た。
私はオーストラリア側のコーディネート全般を任されたが、9月のTSSの日本遠征に習い、今回は日本の高校生一人一人の心にレガシーを残すことを目指して準備を開始した。
私は成功体験を大切にするタイプであり、あえてこの旅程をTSS訪問から始めることにした。
*TSSの日本遠征については、「W杯 レガシーを作る日本遠征」を読んで頂きたい。
12月のオーストラリアは真夏である。
夏のオーストラリアの魅力は?
何と言っても「躍動」である。
彼らはスポーツ科学科の生徒であり、将来スポーツの指導者になる生徒も多いはずだ。
なるほど、それなら私はスポーツ天国オーストラリアらしく、アクティブ(活動的に)、エンジョイ(楽しみながら)、フレンドリー(友好的に)、そして「No Worries mate」(何も心配するなよ、気楽に)を第一に考え、参加した誰もがそう感じられるような旅にしなければならないという方針を携え、準備を開始したのだ。
ただ、日本の高校の旅行は日程や時間が極端に短い。
「若者はタフであって欲しい!」と願う私は、フライトやバスの移動で疲れているのを承知で、頭と身体をフルに働かせなければならないようなアクティビティを旅程に組み入れた。
もちろん、生徒たちの体調管理は最優先であり、ペースには気を配る。
私は、その国の文化や歴史を知ることが、その国への関心を高める一番の近道と考える。
この旅行が、”スポーツ科学科の修学旅行”である以上、その本来の目的を考えれば、単なる観光旅行やおざなりな表面だけの学校交流などは避けたいと考えていた。
その意味から、この時に、この場所で、聴いたこと、知ったことを、いつか思い出せるようなオーストラリアのスポーツ文化や歴史のレクチャー(スピーチ)を旅程に加えた。
まずは、ボンド大学視察の機会にラグビークラブ・ヘッドコーチの ”グラント・アンダーソン氏” が、「オーストラリア人とスポーツ」のレクチャーを行った。
彼はオーストラリアを代表するラグビーのプロコーチの一人である。
ヘッドコーチとして、QLD州代表やオーストラリア代表(ワラビーズ)を大勢輩出している。
名門グリフィス大学を卒業し、イギリス留学経験もある彼は、ラグビーに限らず様々なスポーツ・コーチングの知識を有し、そのレクチャーはいつ聴いても圧巻である。
長年、東海大学や桐蔭学園、東海大仰星のコーチングも手掛け、私がプロデュースする豪州アドバンストセミナーの専属講師でもある。
もう一人のレクチャラーは、”クレイグ・グゼィ氏” である。
彼はオーストラリアデー(建国記念日)の大使としてオーストラリア中で講演を行っている。
小児がんを発症した7歳の娘の為に父親として何が出来るか !?
娘のために彼は前人未到の挑戦を試みる!
そして、彼の挑戦が、多くの小児がんと闘う子供たちや親たちへのサポートへと広がっていく。
レクチャー中に涙を拭く生徒がたくさんいた。
私もレクチャラーの一人である。
私は出来るだけ本やネットの情報の受け売りではなく、自身の体験をそのまま話したい。
ガイドブックに載っているようなレクチャーなら、わざわざオーストラリアを訪れて聞くことは無い訳で、限られた時間を無駄にしたくない。
「あのワラビーズ(豪州代表)に日本人がいた」
1938年にワラビーズとしてブレディスローカップ(オールブラックスとの伝統の定期戦)に出場した日系人「ブロウ・井手」の足跡・・・
太平洋戦争中、豪軍兵士として父の祖国日本と戦った彼の数奇な運命について私は話した。
単なる人物のバイオグラフィー(伝記)や平和教育の押し付けではなく、かつて、私がオーストラリアに渡った頃に、何かに取りつかれたように彼の足跡を追い駆けた時の様々な体験をそのまま生徒たちに語り掛けた。
夕食後にしかレクチャーの時間は取れず、生徒の大半は眠気に誘われると予想したが、生徒たちの食い入るような視線と一生懸命メモを取る姿勢に、正直私の方が感動させられた。
さて、メインの旅程はオーストラリアならではのアクティビティーの体験である。
真夏のゴールドコーストと言えば、何と言ってもマリンスポーツだろう。
まずはサーフィンを体験、生徒のほとんどが初体験だった。
降り注ぐ夏の日差し、数名のプロ・サーファーがインストラクターとして丁寧に指導を行ったが、ほとんどの生徒が数秒間でもボードに乗れるようになった。
2020東京五輪にはサーフィンが正式種目に加わるため、良いタイミングだった。
更にマリン・アクティビティーを体験、オーストラリア発祥のライフセービング気分も・・・
スポーツとしても遊びとしても使える大規模な施設であり、将来的にはこんな施設やビジネスが日本中に増えるかもしれない。
生徒たちは無我夢中で楽しみ、良いリフレッシュの時間となった。
TSSの日本遠征でも、温泉施設などが良いリフレッシュの機会となった。
躍動的なゴールドコーストは、陸のスポーツのメッカでもある。
生徒たちは日本短距離界のエースである桐生選手や福島選手などが毎年調整キャンプに訪れるスポーツ施設も視察した。
この施設ではスポーツの「リーダーシップ養成アクティビティー」を体験、昼食には栄養やバランスを考えた ”アスリートミール” を用意、とことんスポーツ科学科の修学旅行に拘った。
このようなコーディネートを実現するためには、互いに気心の知れた信頼出来るオーストラリアの仲間(友人)たちのサポートが必要不可欠である。
ボンド大学のグラントはゴールドコーストに住む地の利を活かし、様々な後方支援を担ってくれたし、クレイグも彼自身の体験を伝えるためにわざわざシドニーから駆け付けてくれた。
この2人とは何度も日本でセミナーを開催しているが、彼らは日本を愛するオージーなのだ。
嬉しかったのは、日本からやって来た高校生を歓迎するために、9月の日本遠征に参加したTSS RUGBY CLUBの選手たちやスタッフが駆け付けてくれたことだ。
TSSのスタッフとして日本遠征に参加した教師のグレッグ氏は私に言った。
「日本から高校生たちがやって来るのをみんなに伝えたけど、学校が長期ホリデーに入っているし、選手たちが集まるかどうかを私たちがコントロールすることは出来ないんだよ」
彼は全員を集めることが出来なかったことを詫びるように言い、言葉を続けた。
「選手たちは日本の高校やホームステイから受けた ”心のおもてなし” を純粋に感謝しているし、あの日本での喜びや感動を少しでもお返しをしたいと思っているんだよ」
この時期、TSSはすでにクリスマスホリデーに入っていたが、選手たちは仲間同士声掛けあい、自主的に集まってくれていた。
それは、特定の高校や誰彼のために・・・ ではなく、純粋に日本で感じた友情への感謝の気持ちを籠めて集まってくれたのだ。
それは正に私の目指す国際交流の形だった。
「ハイ、Toshi!」イケメンBOYS一人一人と笑顔で握手を交わせば、彼らと一緒にエンジョイした3ヶ月前の日本遠征の様々な場面が浮かん来る。
そして、私にとって何よりも嬉しかったことは、同じジェネレーションの日豪の若者同士が普通に会話し、一緒に写真を撮り合い、夢中でタッチラグビーなどに興じている光景だった。
そんな時、私は 〈至れり尽くせり〉 の世話をしない。
自ら感じなければ意味が無いからだ。
ほんの些細なことかもしれないが、まずは若者達一人一人に何かを感じてもらいたいのだ。
「あッ、私の言葉(英語)が通じた!」
「もっと英語が話せたらいいのになぁ!」
そんな交流の機会を予測してか?
日本の高校生たちも素晴らしいプレゼントを用意していた。
男子は日本古来の剣道の形を披露。
静けさの中で剣の道を志す日本独特の気合のようなものを伝えることが出来たはずだ。
女子は日本舞踏で人気の長唄「藤娘」を披露。
私は日本人であるにも関わらず、その舞踏の意味を説明するのは難しかった。
江戸時代、ここにいる女生徒たちと同じ世代の女性、いわゆる子供ではない大人の女性の女心を描いたものと私は理解するが、女生徒たちは顔の表情やその仕草でそれらを上手に表現し、その無垢な心が伝わって来るようで、実に美しかった。
そして、それはきっとTSSのイケメンBOYSたちの心を魅了したに違いない。
最後は藤の花を花笠に見立てた花の付いた扇に持ち替えて「花笠踊り」を披露。
軽快な花笠音頭と会場を埋めた全員による手拍子に併せて踊る女生徒たちは実に艶やかで、唄の途中の囃子ことば「やっしょう、まかしょ」を男子生徒たちが大合唱で後方支援・・・
ゴールドコーストの夕方のひと時・・・
日本の祭の雰囲気で盛り上がり、その後は広場で野球やサッカーやタッチ・ラグビー・・・
そして、夕食はオージーBBQ。
翌朝、全員が元気にゴールドコーストを出発した。
間も無く真夏のクリスマスを迎えるオーストラリア・・・
日豪双方の若者たちへの最高のクリスマスプレゼントとなったことだろう。