14年前のラダック | 原始力発電

原始力発電

コツコツ発想発電

8月15日になると毎年思い出すのは1993年のラダック・レーの街での出来事と終戦記念日。それまで終戦記念日と言っても特に意識したことはなく、テレビで戦没者追悼式の様子などがながれると、ああ今日は終戦記念日だったんだと思い出す程度でした。しかし1993年以降は8月15日が近づくと、もうスグ終戦記念日だなぁと意識するようになったのと、ラダックでの事を思い出したりします。


以下が以前HP にも書きましたがそのラダックでの出来事です。




夕方レーの街のメインストリートに、座りこんでいるラダック人のおじいさんに、呼び止められた。しかしおじいさんは英語とラダック語がごっちゃになって喋るので意味がよくわからない。「ジャパニ?××××(意味不明)セカンドウォー×××バルマ、マラヤ×××ジャパニアルミ××」などと聞こえるがよくわからない。

もう一度よく聞いて見て、推測するところ、そのおじいさんはこう言ってるようだ

「おまえ日本人か?第二次世界大戦の時に兵士だった俺はビルマ、マレーシアを転戦して日本兵を見た。(闘った?)」
第二次世界大戦中インドはイギリス領だったのでラダック人も徴兵されたのだろうか。またイギリス軍の傭兵でグルカ兵と言うのがあり、主にネパール山岳民族のグルカ族で構成されてたのでこの呼び名がついたそうだが、山岳地域で暮らす他の部族も入ってたそうだ。このおじいさんも、そうした一人だろうか。すると私はかつてのこのじいさんの敵国人になるわけで、一瞬ひるんだが、おじいさんはおかまいなし喋った。ほとんど何を話してるのかよくわからなかったが「・・・ジャパニアルミ(日本兵)ストロング」などと懐かしそうに語った。

このおじいさんにとって過酷な戦争体験も平和な今となっては若い頃の青春の思いでみたいになってるのだろうか?

このおじいさんと出会ったのは偶然にも1993年の8月15日。その日は日本にとって終戦記念日、そしてこのラダックがあるインドにとっては独立記念日だった。