七夕選挙 | ジェイのブログ

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ときどき、都外の人に「都知事選は盛り上がっていいですね」といわれるが、告示後もそれといった盛り上がりは感じない。
目玉であろう小池百合子さんも蓮舫さんも、またどれもこれもが、昔の名前で出ていますといった感だ。かといって、新風を吹き込むような人物がいるようにも思われず、今のところ盛り上がったのは立候補者数と、掲示板のモラルのない使い方くらいか。
今回の七夕戦は、任期満了にともなうもので、何か変革の意味を問うた選挙ではない。つい通常国会では、与野党で「政治改革」などと息巻いていたが、政治資金規正法に限らず、適宜改正していくことは国会の常の務めであり、その出来の如何を問わず、当たり前のことである。
もちろん「火だるま」とまで称した割には「こんなものか」との感はあるが、不断の努力をつづけていけば、いつかは良い芽も出ようというもの。ただ私を含め、多くはその政治改革が今の一丁目一番地とは思っていまい。
むしろ国会での与野党のやり取りを見せられて、「やっぱり政治家は変わらぬな」と冷めた人の方が多いのではなかろうか。そうしたなかで行われる都知事選に、一部では盛り上がっているのかもしれないが、それほど興味を示し盛り上がる人がいるとは到底思えない。
朝ドラの「虎と翼」で、轟が寅子に「ただ頼むから、これ以上、子どもらの心に余計な傷をつくらんでやってほしい」というセリフがあったが、候補者の多くは都民のため、都の発展のためとの思いであろうが、「ただ頼むから、これ以上、われわれをげんなりさせるようなことだけは止めてくれ」というの本音である。

われわれも然り、都民の然り、私も然りだが、所詮は人間の器の問題であり、それは常日頃から磨き広げる以外にはない。その人間としての器でしか政治は図れない。選挙ポスターにも、演説にも、その人の器が表れる。
「目は口ほどに物をいう」というが、その平静も情熱も顔に、また声や立ち振る舞いが表れないわけがない。果たして、目の前を横切ろうとする、無関心また失望の人たちを立ち止まらせ、振り向かせ、心を震わせる候補者はいるだろうか。

期待はしていない。