SWiTCH TALKS WORLD サスティナブル先進国!? | ジェイのブログ

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サステナブル先進国の大使や企業リーダーが登壇し若者と対話するという「SWiTCH TALKS WORLD」に参加した。今回は、「サスティナブル先進国スウェーデンの食品システムの未来とは」とのテーマで、日本テトラパックのアレハンドロ・カバル社長と、駐日スウェーデン大使のヘーグベリ氏が登壇した。

主催:一般社団法人SWiTCH
協力:スウェーデン大使館・日本テトラパック株式会社
助成:スカンジナビア・ニッポン ササカワ財団

「サスティナブル先進国」との、いかにもというテーマだけに、対話のポイントを絞れなかった感は残念である。サスティナブルといった点では、今ではどこが先進国かといいがたい時代である。むしろ工業化が遅れ、自然とともにある社会活動の方がサスティナブルである。端的にいえば国土豊かな農業国だ。その意味ではスウェーデンもしかりだが、産業革命発祥地の欧州では、どうしても技術や工業化に目がいきがちだ。
もし、日本の若者が未来に新しいサスティナブルな食品システムの技術があるなどと勘違しているのであれば、残念である。

今回のトークで非常に面白かったのは、司会が「サスティナブル先進国」といった冠詞をつけて質問するたび、「スウェーデンはけして理想(完全)な国ではない」と冒頭に断るベーグベリ氏の返答であった。ベーグベリ氏は、学生時代のあるエピーソドに触れた。
それは、学校で野外の清掃授業があり、そのあとに教室でごみをポイ捨てする同級生がいたことである。またフードロスの授業を受けたあと家に帰ると両親が出来あいのフードで、パッケージや食品残渣を分別なく捨てていたことである。いすこの国の生活様式もさして変わらない。ゆえに大事なことは、自らの生活と行動を正すことに尽きる。

一人の企業人が、サスティナブルな経営のリーダーシップをとることに対し、「利益があってのサスティナブルではないか」と質問した。企業のサスティナブルとは利益であり、正当な質問であった。アレハンドロ氏もヘーグベリ氏も、そのことには同意したが、一方で「サスティナブルな取り組みをせずに、商品が購入されなくなれば企業としての存続はない」とも語った。
だが、これは二律背反のことであろうか。企業の利益とは商品購入によって生まれるものであり、いわば利益がなければ企業サスティナブルはありえないということである。テトラパック創業者のルーベン・ラウジング氏が残した「容器はそれにかかるコスト以上のメリットを社会に還元しなくてはならない」との言葉は有名である。
「コスト以上のメリットを社会に還元」するからこそ購入され、対価が支払われるわけである。またコスト以上に利益があり、対価がコストを割ればメリットを還元することはできない。そのメリットのなかに、ESGも含まれるわけである。

われわれが根本的に考えなければならないことは、(とくに若い人たちが)概していわれる「サスティナブル」「リニューアブル」「フードウエイスト」などとは何を指すのか。たとえば、われわれ人類はエネルギーを自前でつくれるのか、といえば「NO」である。植物や森林、水や空気、太陽光、地熱などと同じく、石油であれ、石炭であれ、はたまた放射性物質であっても自然由来であることに疑問の余地はない。
ならば、その違いは何か考えてみてほしい。端的にいえばエネルギーと蓄積する時間とパワーである。水や空気、太陽光は常在で、植物は一年ほどかもしれないが、森林となれば十年以上である。エネルギーが大きければ大きいほど、途方もない時間とパワーをかけて宇宙および自然が蓄えたものである。問題は、それらの使い方に尽きよう。

食品システムといい、サイプライチェーンといい、そこから発生するフードウエストとは何か。仮に産地の流通に乗らない食材を、大地に鍬戻したらば「ウエスト」なのか。ただ単に大地が生んだ食材の一部を大地に還したことではないのか。また工場から出たウエスト、小売流通でのウエストなど数値化されているが、それらを集めて産地の大地に戻せば、それでもウエストか。


SWiTCH TALKS WORLDでは、日本テトラパックが作成した地球(自然)がわれわれ人類に呼び掛けるビデオが流されたが、われわれの都合で物事を見ず、地球からみてそれはどうかなのかと考えてみることである。西欧では「己の欲するところを人に施せ」との格言があるが、それでは自分都合や押しつけになる可能性もなくはない。同じく、東洋では「己の欲せざるところは人に施すことなかれ」との格言があり、かつて自然農法を唱えた福岡正信さんは「人間はなるべくなにもしないことだ」といわれた。それこそが真の「サスティナブル」ともいえなくはない。