心の価値 | 独学の道Ⅲ

独学の道Ⅲ

自分で自分を変えることは、到底無理なことかもしれないが、それに望む気持ちの自力論は高尚で偉大である。
仮にその結果が甚だ振るわなかったとしてもだ。
By幸田露伴(努力論より)

人は遅かれ早かれ、いずれは死ぬ。

 

命あるものは全て、大気中にその生を受け、そして活動を停止するまでの・・・

 

いわゆる紙の上に鉛筆で点をつけ

 

そこから一息に線を引いて終点で終わるかのような区切られた命の時間を生きるのである。

 

それに抗い、その時間軸に

 

幾ばくかの痕跡を残そうと人は努力する生き方を行うのが運命だと信じている。

 

それを人生であるという事は誰でも知っている。

 

 

そんな循環する生命の在り方の時間軸の上で、

 

人は唯一心を持つ存在の動物であり

 

心は、エゴや精神、心理などの唯一無二な判断を随時内包しながら

 

具現化するか否かの葛藤の中で人は日々を生きている。

 

 

グラビアアイドルやオリンピック選手のように

 

外的な身体にこそ価値を見出すこともあるだろう。

 

しかし、多くの場合、評価されるのは人の内面的な部分ではないだろうか?

 

 

選手の中でも、他人に感動を伝染するような発言によって

 

選手の中でも評価され

 

イチローや大谷選手なども考え方や生き様に皆が感動を覚えて評価されているようにも思う。

 

 

生きること、それは心を育むこと。

 

と同時に健康な心は健康な身体によって生み出されるということは言うまでもない。

 

 

そんなふうに思っているところに、いい記事が飛び込んできた。

 

「悪口を言う人は、認知症リスク3倍、寿命は10年短くなる」

 

そして、「認知症から逃げおおせた人」という2つの記事が目についた。

 

 

悪口を言う人はアドレナリンが分泌し、ストレスを蓄積させるとのことです。

 

そしてそれは、扁桃体という身体の器官を肥大化させて

 

不安や恐怖を大きくしていくというのです。

 

また修道女から集めたデーターで発見された認知症から逃げおおせた人の中でも、

 

実は脳実質の中ではアルツハイマー病が重度に進行していても、

 

全く受け答えや生活に支障がない生活を送り

 

大脳新皮質という人間たらしめる部分が新品同様だったという報告を見ると。

 

人は、やはり大脳新皮質。

 

つまりは人間の思考や精神が宿る部分がしっかり機能してしていることで

 

アルツハイマー病という病気予防できることが分かったのです。

 

いかに、潤滑な社会適応能力が在り、人間関係を良い状態で維持して

 

自分の心が安寧でいられるか?

 

これが長生きの秘訣であるということが何となく見えてきました。

 

・・・・がしかし、

 

私が最近思うには、問題の第一に挙げられる心理というのがあって

 

それは、「正義」であると思うのです。

 

自分にとってコレは正しい、なのになぜ?という心理が

 

怒りへと繋がっていくように思えて仕方ありません。

 

自分をこの社会で唯一無二な存在として、自立する一人として根幹にある確信が

 

正義の判断と、その繰り返しの時間を経ることでの自信だと思うのです。

 

若い時代に不安なのは正義の基準と社会とが合っているか自信が持てない不安がそれであり

 

50歳を超えてくると、今まで間違っていなかったからこそ

 

この正義で間違いなのだという過信であり、

 

次第に正義のそれにズレが生じて来て、人生が狂い始めるように思えるのです。

 

 

例えば、50Km/h道路に於いて、前方に40Km/hで運転している人がいて、

 

何故にそんなにノロノロと運転しているのだという思いが発生することもあるでしょう。

 

また、安全運転しているのに、なぜ煽られなければならないのか?

 

という思いが発生してしまうこともあるでしょう。

 

 

それは、どちらも自分の正義に照らし合わせた結果だと思うのです。

 

50Km/hは最高速度なのだから、それまで出していいのだから何故出さないのか?

 

50Km/hは最高速度であり、最低速度が書いていないので、

 

自分が安全だと思う速度40Km/hで運転していて、何が悪いのか?

 

 

という心理がそれぞれ前者と後者のトラブルの原因でもあるように思うのです。

 

 

トラブルの大体は、自分の尺度である「正義」が根底にあるように思います。

 

つまり、イライラしない、不安にならないためには、

 

まず「正義」という尺度を見直さなければならず

 

正義ではない尺度、例えば、思いやりの心理。

 

 

きっと一種免許の白ナンバードライバーは高齢者が運転しており、

 

速度感に目がついていかないのであろう。

 

もしかして眼底検査をして瞳孔が拡大して眩しくて速度が出せないでいるのではないか?

 

だから40km/hで安全に運転しているのでしょう。

 

と相手を思う心が必要かもしれません。

 

 

俺が長年事故も起こさずこの道を何度も無事故で運転しているから速度に慣れが発生して

 

ついつい速度を出しがちになっていたのかも?などと、

 

自分を顧みて、相手を思えば腹を立てずに済む訳であり、

 

これからは、自分の中の正義感を表に出さず、

 

相手の立場に立って物事を考えるようになれば

 

きっと、腹を立てたり、イライラしたりという不快感の感じる回数を減らして

 

円滑な社会生活が可能になっていき

 

それと同時に、精神性がプラスのスパイラルに載って

 

心理的にも安寧方面へと辿り着き、アドレナリンを大量に分泌させずに

 

結果的に脳が守られ

 

健康寿命が伸びて生き生きとした人生を歩むことが出来ていくのではないだろうか?

 

と考えるようになったのです。

 

 

それこそが心の価値が上がるというものではないでしょうか?

 

 

・・・なーんてまるで厨二病的な単純思考で申し訳ありません。

 

 

今日は、心の価値というのは、相手の立場に立って物事を考えて

 

隣人とのトラブルや、わだかまりのない穏やかで円滑な社会生活を送る思考を重ねることで

 

心の価値が上がると考えてみたところです。

 

 

本日も、持論にお付き合いいただきましてありがとうございました。