目線 | 独学の道Ⅲ

独学の道Ⅲ

自分で自分を変えることは、到底無理なことかもしれないが、それに望む気持ちの自力論は高尚で偉大である。
仮にその結果が甚だ振るわなかったとしてもだ。
By幸田露伴(努力論より)

「ありがとう」と「偉かったね」の違い。

 

ありがとうは、明らかに対等な関係を現わし、偉かったねーは明らかに上から目線。

 

子供の頃から、当たり前のような言い回しで親は子供に当然のように発する言葉。

 

それが、幼児教育となり三つ子の魂100迄もに至る。

 

つまりは、子供は褒められたいから、もしくは自分に注目して欲しいから喜ばれることをやって

 

褒めて欲しいという承認欲求を植え付けられる。

 

つまり大人になっても、誰かに褒められたい。

 

会社に勤めて、上司に認められたい。

 

上下関係の目線は死ぬまで続く。

 

恐らく気がつくタイミングは人それぞれであるが、一番多いのは退職時ではないだろうか?

 

もう上司はいない。部下も居ない。子供たちも自立して孤立したときに、

 

ホッと安らぎを覚え、どこか虚しさも同時に増していく。

 

それには幼少期から上下関係の縦目線でしか生きてこなかったという関係性が絶たれるが故の

 

空虚感だ。

 

では、横目線とはどんなものを言うのか?

 

例えるならフワチャンだろう。同じ人間として、子供であれ、政治家であれ、タメ口で接する。

 

つまり、上下関係や権威、名誉などのしがらみに捉われることなく接する、

 

しかし、これには敬遠する人が多いのも

 

上下関係を中心に生きて来た人の拒絶反応とも捉えられるだろう。

 

美容室の「タメ口止めてもらっていいですか?」で有名なセリフだが、

 

 

自分の社会での歯車としての存在としてプライドを持ち、

 

退職まで粘って、それこそ世界の頂点を目指そうとする意気込みの強い人ほど

 

その傾向は強く出るのではと思われる。

 

世界のイチロー選手もその代表格であり、オンリーワンなどと云う人間は認めない。

 

ナンバーワンを目指す人間しか認めないと考えているのだ。

 

社会は多様性という名において、幅広く人材を育成しようと試みているが、現実世界を見渡せば

 

法人組織でタメ口が許される訳もなく、許されるのは、自由人か自営業同士の会合やら、

 

もしくは趣味の友人関係と会話する時ぐらいだけなのではないだろうか。

 

アドラー心理学の嫌われる勇気という言葉があるが、共同幻想社会の中で、

 

心が自由で居続けるためには、年齢は関係なく、横のつながりが多い程

 

人生が楽であるというのは言うまでもない。

 

つまり、元に戻るのだが、幼少期の時に、もしくは成人になるまでに子供と接する親の態度というのは、

 

今更ながらだが、「偉いわねー」という上から目線ではなく、

 

「やってくれてありがとう、助かったわ」という横から目線を形成することが、

 

子供の人生の成功の秘訣と生き方そのものにも大きく影響するものだと改めて教えられた。

 

 

本日は短めに私の心の気付きを、アドラー心理学にヒントを得て書きましたが、

 

特に子供をお持ちの方には是非参考にしていただければと思います。

 

世の中に使われる人間に育てるのか?

 

世の中を使う人間に育てるのかはあなた次第!

 

などと手遅れの自分の事は棚に上げて・・・名言を残してSeeYou!バイバイ

 

 

 

田中泯さんの場踊り動画、命売りますオープニングより抜粋、音はミュート映像のみ。

 

下の動画を先にポチってから場踊りの動画をポチるとちょうどいいかもしれません。

 

・・・と思っていましたが、同時再生は無理みたいです。

 

 

この動画に付属する音楽はこちらを参照