Happy New Year 2025
昨年5月、日本へ一時帰国した頃、なんとなく「もう一度学生に戻って勉強してみたい」の思いに駆られた。
たまたま母校から徒歩ですぐのところに逗留していた。
(これは、ただの偶然ではない。何かの啓示に違いない。)
(大袈裟な!)
そう、一人合点したわたしは、まずは、その母校へと足を運んでみた。
卒業証明書と成績証明書は、難なく手に入れることができた。
ただし、成績証明書に関しては、わたしの卒業年度があまりにも昔のことなので、元台帳が既に廃棄処分されており、「成績証明書を発行できない「理由書」」なるものを受領。
だが、少しだけその気になった東京から帰っても、なにかすぐ、手を打つわけではなかった。
ぼおっとしている間にひと月が過ぎ、ふた月めが過ぎてゆき、7月になった。
漸く、重い神輿を挙げ、インターネットで通信制大学一覧表を見つけた。
深く考えもせず、数ある大学の中からたった2大学を選択。
早稲田大学と日本大学へ資料請求メールを送付。
だが、日本の居住住所がないため、通常の郵便では資料を入手できないことだけが分かった。
それからまたひと月、気後れしたままの時間だけが、過ぎた。
気を取り直し、再度、インターネットで資料請求してみると、早稲田から直ぐに返事が来た。
(日大は、結局なしのつぶてだった。)
そうすると、10月以降、2025年度入学出願手続きが始まると判明。
東京の親友の助けを借りて、本格的に必要な書類を母校から取り寄せた。
先の5月の、滞在場所は、実は、早稲田大学の直ぐ近くだったのだが、もしも、その時すでに、早稲田eスクール希望がはっきりしていたら、と思いもしたが、そんなにコトは都合良く運ばない。
すっかり後の祭りを言ってもはじまらない。
結局、eスクールは所沢キャンパスのため、実のところ何の役に立つこともなかった。
受験票用添付証明写真を撮り、必要書類を揃え、その間、800字x4+400字x1+200字x1、合計6本のミニエッセイを書き上げた。
「堅い日本語の書き言葉」で書かなければならない論文形式の文書は、最もらしい理由動機書、履歴書など。
久しく書き慣れない文書形式には、すっかり手こずった。
それでも、どうにか、出願締切日までに、かなりの余裕を持って書類提出完了。
あとは書類審査の結果待ちだけ。
最初に思いつきで始めた5月から、ここまで既に、約半年の時間が経過した。
早稲田からの一次結果待ちの間、現地シドニー大学はどんなだろう、と軽い気持ちで調べてみた。
大学案内要項など、もちろんすべて英語なのは当たり前だが、応募する以前から、読解力を試されたような気がした。
調べてゆくうち、シドニー大学へも出願資格を満たしているらしいことが判明。
だめ元で早速、東京の親友へ二度目の手間をお願いし、再度、卒業証明書と成績証明書入手、出願。
こちらは、いまだに大学からのオファー待ちであるが、実は書類に不備ありと、出願直後、知れたため、2025年度入学は、ないものと既に諦めている。
だが、この書類不備理由のため、実は、まったく、別な選択肢が急遽浮上。
あれよあれよという間に、わたしの2025年の「行先確保決定」。
それが、TAFE 入学。
この TAFE を経由することで、来年度シドニー大学への再度出願手続きの一切が省略され、自動的に受験資格が与えられるという特典。
ただし、必須全10科目をほぼ優で修了しなければならない。
また、シドニー大学出願に際し、英語総合力評価 IELTS (International English Language Testing System) が必要だったため、数十年ぶりに「学力テスト」を受けてみた。
数値的には、シドニー大学学士入学のための最低必須値は満たしていたが、予想に反し、というより、「自惚れていたわりには、まったく大したことない結果で、横っ面を張り倒されたような」と表現するのにふさわしい、そんな程度のものだった。
新年の目標は、無事 TAFE を最善の成績で卒業すること。
結果を出せば、いやでも次に繋げられる。
「なんとなく」から出発した「もう一度学生に戻り、勉強したい」希望は、これで、事実上叶えられた。
いや、叶えた、のは、他の誰でもない、この自分。