
昨日まで、実は連日30度だった。
扇風機2台をフル酷使しての、肉体労働。
エアコンもあるが、ちょうど2年前に壊れた(と思った)時から使えない状態が長く続き、修理しなくてはと思いつつ、放ったらかし。去年の中盤あたりで、やっと電気屋を呼んだ。
そうしたら(どこにも故障はない)といわれた。
(そんな、バナナ、馬鹿な!)
忘れもしない2022年12月26日。
クリスマスの翌日の朝、いつものようにエアコンにスイッチを入れた。
そうすると、ものの30分も経たないうちに、エアコンから水が漏れ出した。
すぐに出かけなければならなかったため、水浸しになった床を拭き清め、その時はそのまま放置。
そして、そんな放置状態で、はや1年半近く経過ののち、漸く「診たててもらった診断」が「異常なし」。
(すわ、新しいエアコン購入か?)と、数千ドルの出費を覚悟していたが、肩透かしを喰らった。
が、それでも出張費用というのか、「修理メンテナンス費」のようなものを請求された。
ちょこっと、フィルター部分の掃除をしてくれただけだけど。
じゃあ、あの水漏れ騒ぎは一体何だったのか。
電気屋の言うには、
「排水パイプのどこかが詰まっていたのでしょう、それで本体中の水の受け皿の容量以上になり、本体全面から、水が滝のように流れ出したということですね」
まるで他人事のように涼しい顔をしていう。
本当に他人事だから、他に言いようもなかったのだろうが。
そんな曰く付きエアコンは、毎年夏が来るたびに、なんとなくケチがついたような気がして、それ以来、だから、我慢の限界まで使わないことが、無条件降伏のような習慣になった。
寧ろ気温がそこまで上がらない日は、扇風機の効用を新たに見出す良いきっかけとなった、妙なおまけ付き。
が、さすがに、外気温30度で、窓を開けられない(交通量の激しい道路沿いに面し、外気埃と騒音のため)状況下で、「セミ引越し作業」は、あまり利口な者のすることではない。
なるほど、これがいわゆる「屋内熱中症」のきっかけになるのかと、初めて思い当たる。
道理でやたら喉が渇くわけだ。
最初は、紙類を処分するだけで済むかと思っていた断捨離。
が、あちらもこちらもひっぱ出してみると、ほとんどこれから「どちらへお引越しですか?」というくらいの、用無しゴミの山の出現。
現住所へ引っ越ししてきてから、今年で既に丸5年。
主だった家具、家電は新調したが、それ以外のすべての私物は、以前の住まいからと日本から持ってきたもの。
それらの積み重なりが、今やすっかり埃を被った用済みだったなんて。
日本から持ってきたものに関し、要は「捨てる思い切り」がつかなかったこと、を再々度、自覚、自省に至る。
「捨てる」「棄てる」とは、「思いを断ち切ること」以外のなにものでもない。
事情があって、まだ本格的な模様替えをできないでいるが、いづれは " Working Station " 「憧れの勉強机」を手に入れ、一番陽当たりの良い部屋の窓際へ配置する予定。願わくば、今年半期を過ぎた頃。
今日は打って変わって、断捨離日和の気温20度。
再生できるビデオ機器がないため、ビデオテープは破棄することにした。
そのほとんどは、カムコーダーで撮影したものをホームビデオに落としたコピーなので惜しくはない。
問題は、カムコーダーから直接繋げる視聴用モニターがないこと。
このビデオ機器関係を一切合切破棄処分するつもりだったが、もう一度だけチャンスを与え、何とか再度視聴可能の方法を考えてみようと思う。
撮影した動画のすべては、家族の生育状況や旅の思い出の記録ばかりなので、ぽいと棄てる、思いを断ち切るには、よほどの覚悟が入る。
今週いっぱい、と自分で自分に期限を課した。
だから、たとえば、半端な(紙の)写真の数々をアルバムへ整理するには時間がかかりすぎるので、将来的に、新たに時間を設けるか、それこそ、学修の合間、隙間時間活用の「手仕事その1」とする。
また、子供時代からの旧い日記の類いは、ブログを「永久保存ファイル媒体」として活用、暇を見つけながら手動入力「手仕事その2」とし、作業終了次第、その都度「現物」破棄してゆく予定。
このあたり(日記等)になると、読み返しをしながらの作業なので、おそらくアルバム編成以上に、非常に時間がかかると予想。まさに、センチメンタルジャーニー!
この断捨離の最中、TAFE からは「ご機嫌伺いメール」が届く。
「入学のご準備はよろしいですか?」
「はい、ただいま準備奮闘中です。」