のブログ (こちらです)で紹介した

「Cleaning House」という本。

チャプター2まで読み終えました。



著者のKayさんは、自分の5人の子ども達が

「____をしてもらうのは当たり前」という態度でいるのに気づき、


子ども達の傲慢さをなくし、独立性を養い、

思いやりと責任感のある子ども達に
育てるために、

一ヶ月一つの目標をたて、それに向かって


家族で取り込んでいきました。


一ヶ月で既に子ども達の態度に変化が現れ始めたのに励まされ、

私も本を読み終えるのを待たずに実行することにしました!


一ヶ月目の目標は、

「部屋の床に服を脱ぎ捨てておかない。」

「毎朝、ちゃんとベッドを整頓する。」

「家の他の部屋にも服、靴下、ほか、自分たちのものを残して行かない。」

「ジャケットをちゃんとクローゼットの中にかける。」

要は、整理整頓された部屋であるということですね。


そして、Kayさんは、あらかじめ子ども達一人一人に

31枚の1ドル札の入ったガラスのジャーをあげました。

毎朝部屋をパトロールし、もし、ルールが守られていなかったら、

1ドル札を一枚ずつとって行きました。

予算の無い私にとって、一人30ドルは多いので、

私は31個のコイン(25セント)に変えました。




今日から12月なので、

丁度良いタイミングで始める事ができました。


そして、お金のパワーを見ました。(笑)


息子達の部屋が私の手助けなしで

こんなに整理整頓されているのを見たことは

ほとんど無かったです。





我が家のレベルの低さに呆れている人もいるかもしれませんが、

少なくとも、床に服もおもちゃも何一つとない!

しかも、ベッドもちゃんと整頓されている!

この部屋を見て、私は感動で涙が出そうになりました!(笑)


あとは三日坊主にならないことを祈るのみ!

でも、子ども達も整理整頓された部屋が気に入ったみたいで、

「部屋にそのまま歩いて入って行けるよ!!!」

と次男のセイは興奮していました。(息子よ、それが普通なんだよ!ムムム



「だから今まで言って来たんじゃない!」ムカムカ

という態度が出るのをぐっと我慢して、

「でしょう?」好 と優しく返してあげました。



整理整頓された環境に慣れる事で

いい習慣が身につくのが狙いです。かお

この、企画、良いスタートを切りました!

もっといろんなサプライズがあると思うので、

これからの経過をブログでぼちぼち

更新していきたいと思います。






週間ぶりの更新です。

一言では言えないような

忙しい毎日を過ごす今日この頃ですが、

それよりも、散らかっている我が家に埋もれて

とうとう我慢ならなくなったので、

やっと、家の片付けを優先しました。

なので、ブログ少しお休みしてました。


散らかりすぎてお手上げだった我が家も

息子達のお手伝いのおかげで、

やっとツリーや他のクリスマスデコレーションを

飾れるまでに至りました!

 キラキラキラキラキラキラ   ↓↓


夜の静けさの中、ライトアップされたツリーを

眺めながら、クリスマスキャロルを聴くのは、落ち着きますね。 

でもそれ以上に、
喜びが湧いてくるのを感じます。 ラブ



そこで、「幸せ」と「喜び」について考えてみました。

ちょっとややこしいですが、英語では

"happiness" と "joy" のことです。


"happiness" 、日本語ワードネット辞書によりますと、

「満足した時にある感情」と定義されています。

それに対し、"joy" 「喜び、満足の種(もと)であり、

"h
appiness"より固い、delight より大きな深い喜び』


とハイパー英語辞書に記されています。


さらには、印欧語根において

『宗教的な恐れ、畏怖の念を持つことを表わす』

という意味もあり、Katie Brazelton の本、

「 Praying for Purpose for Women」の第54日の記述で、

「喜びのもとは、命の中にイエスがあることにあります。」

と彼女が定義したのと一致します。


"happiness" は、Katieさんによると、例えば

「セールでいいものを見つけた時、

美味しいレストラントを見つけた時、

子どもがオールAを取った時」にもつ感情で 

それこそ、日本語ワードネット辞書で定義されたように、

満足した時に出てくる感情です。


でも逆に満足できたこと(もの)が

無くなった時はその感情も消えてしまう

という一時的なものです。


それに対して、

"joy" は、「喜び、満足の種(もと)」

であるだけに、環境、状況に影響されずに

永く続くものなのです。



クリスチャンにとって、「喜びの種、満足のもと」は

もちろん、イエスにあります。

イエスの愛に基づいて築かれた

私達と神の関係は、「喜びの種」「満足の種」となって、

私たちの心の中で生き続きます。

それは、どんな逆境においても、

自分の身の周り、自分の身に起きていることと関係なしに存在する、

心の中の深い所にある「喜び」なのです。



この違いについて考えている時に、

やっと分った事がありました。

結婚後、しいては出産後も

なぜ、ずっと幸せに思えなかったのか。


私にあったのは、

「幸せ」(を感じさせてくれる瞬間)であって、

「喜びの種」ではなかったのです。


つまり、満足した時は "Happy" だったけど、

自分の思い通りにならなかった時は

もちろんのこと、"Happy" じゃなかったのです。


ですので、思い通りにならないことばかりだと、

「幸せ」だなんて思えませんよね。

結婚して、子どものいる人は共感が持てると思いますが、

独身の時に比べて、自分の思い通りになることなんて

ほぼないのではないでしょうか?


幸せに思えなかったのは、

間違ったものを追いかけていたからなのでした。


 
"Happiness"が一切れのチョコレートケーキだとしたら、

"Joy"は、そのチョコレートケーキのレシピーのようなものです。」

Katieさんの例えは本当に適切だなって思いました。


チョコレートケーキはどんなに美味しくても

食べてしまえばなくなります。 だから私達は

常に次のチョコレートケーキを探しています。

または、チョコレートケーキをくれる人を探しています。


でも、自分でそのレシピーを持っていたら、

自分でも作れたら、

そのケーキを売っているレストラントやお店、

そのケーキを作れる人、買ってくれる人

を探さなくてもいいのです。



私はここ数年になって、

ようやく、このレシピーをトライする気になりました。

ずっと、このレシピーを手に持っていたので、

作れた気でいたのですが、

持っているのと実際に作れるのはやっぱり違いますね。


持っていても、実際に作らないと、

ないのと変わりありません。



だから常にチョコレートケーキを探し続けていました。

というか、このチョコレートケーキをくれる人

を探していたと言った方が当たっているかもしれません。


特に、夫と子ども達からは

沢山もらえることを期待してきたのです。

言うまでもなく、もらえなかった時は、その分失望しました。


でも、最近、ようやく気づきました。

レシピーがあるのだから、自分で作れるんだ!と。



2000年前、このレシピーは

世界中の人に与えられました。

2000年以上も存在するこのレシピー、

世界中にはまだ知らない人もいます。


知っていても、自分で試そうと思わない人もいます。

聞いた事はあるけど、何のレシピーかさっぱり分らない人もいます。

どこからどう「手をつけたらいいか」分らない人も沢山いるのではないでしょうか。


でもこのレシピーをくれた神さまは

世界中がこのレシピーを受け入れて

「喜びの種」が植えられるのを心待ちにしています。



このクリスマス、

もっと沢山の人がこのレシピーをトライして

チョコレートケーキを探すのではなく、

作れるようになることを祈ります。


あなたが欲しいのは

美味しいチョコレートケーキですか?

それとも

そのチョコレートケーキのレシピーですか?





「さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。 
 すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。 
 御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。 
 きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。 
 あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。 
 するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、 
「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。」 ルカ書2章8-14節



戚のお姉さんがFBにポストした

旦那さんと息子さん達が
クリスマスツリーを飾っている写真を見て、

去年の今頃は、うちでも、もうクリスマスの飾りがされてたなぁ

と思い出しました。



今年は色んな事情で、クリスマスのデコレーションを出すどころか、

家の中の散らかり様にもお手上げというくらい参っている えー

というのが現実です。



ところが、うちの現状とは正反対で、

ほとんどの商店は、10月31日のハローウィンが終わると

お店の中は、すぐにクリスマス一色に変身しました。

中には次の日の11月1日にガラッと

別世界のようになったお店もあったそうです。

(徹夜でハローウィンのデコレーションを片付け、

クリスマスのデコレーションを飾った

妖精のような従業員さんたちがいたんでしょうね。ハート


綺麗に飾られたお店の中を回るのは、

確かにメリーな気分になって、良いのですが、

最近は「メリークリスマス」というと、

気に障る人もいるから、「キリスト(Christ)」

を明示する言葉を避けるため、代わりに

「ハッピーホリデー」と言われるようになりました。

本来の意義が失われて、クリスマスは今や、商業化されてしまい、

一般的に、
ただソーシャルの目的でしかなくなったように思えます


そんな中、今日、友達のFBポストで

とてもステキなビデオクリップを見たので

ここでシェアさせてもらいます。

歌声もとても綺麗ですが、それよりも歌詞が感動的です。ハート

Mary Did You Know? (是非クリックして聴いてみてください。)

Mary did you know that your baby boy will one day walk on water?
Mary did you know that your baby boy will save our sons and daughters?
Did you know that your baby boy has come to make you new?
This child that you've delivered, will soon deliver you.

メリー、知っていましたか?
あなたの赤ちゃんが、ある日、水の上を歩くということを。

メリー、知っていましたか?
あなたの赤ちゃんが、私達の息子や娘を救ってくれるということを。

あなたの赤ちゃんが、あなたを生まれ変わらせるために
やって来たということを知っていましたか?

あなたが産んだこの子が
やがて、あなたを救い出してくれます。

Mary did you know that your baby boy will make a blind man see?
Mary did you know that your baby boy will calm a storm with his hand?
Did you know that your baby boy has walked where angels trod?
And when you kiss your little baby, you have kissed the face of God.

メリー、知っていましたか?
あなたの赤ちゃんが、ある日、目の見えない人に視力を与えることを。

メリー、知っていましたか?
あなたの赤ちゃんが、ある日、手で嵐を静めるということを。

あなたの赤ちゃんが、天使の歩いた所を歩いたということを知っていますか?

それから、あなたがこの小さな赤ちゃんをキスした時、
あなたは、神の顔をキスしたのです。

The blind will see, the deaf will hear and the dead will live again.
The lame will leap, the mute will speak, the praises of the lamb.

目の見えない人は見えるようになり、
耳の聞こえない人は聞けるようになり、
死んだ人は甦ります。

足の不自由な人は跳びはねるようになり、
口の聞けない人は子羊を賛美するようになります。

Mary did you know that your baby boy is Lord of all creation?
Mary did you know that your baby boy will one day rule the nations?
Did you know that your baby boy is heaven's perfect Lamb?
This sleeping child you're holding is the great I am.

メリー、知っていましたか?
あなたの赤ちゃんが、万物の主であるということを。

メリー、知っていましたか?
あなたの赤ちゃんが、ある日、すべての国を支配するということを。

あなたの赤ちゃんが、天国から来た
完璧な子羊だということを知っていましたか?

あなたが抱いている、眠っているこの子が
神なのです。

(Read more: http://artists.letssingit.com/mark-lowry-lyrics-mary-did-you-know-hc1xwsv#ixzz3JlvJGL3y 
LetsSingIt - Your favorite Music Community )




クリスマスの本来の意義を歌った曲です。

クリスマス、イエスの誕生日、

イエスがこの地上にやって来られたことを祝う日。



子ども達には「ハッピーバースデー、イエス様」

と教会では教えています。

十字架にかけられるために生まれて来たイエス。

私達を救ってくれるために、生まれて来てありがとう!

という感謝の気持ちをこめて。



考えたことありますか?

なぜクリスマスを祝っているのか。

ごちそうやケーキ、シャンパン、ロマンチックなディナー、

メリーな気持ちになれるクリスマスイブ。


ステキな気持ちになれるのは、愛のある祝日だからです。

イエスキリストの自己犠牲の愛。


神の無条件の愛。


今年はこの曲を聞きながらイブを過ごしてはどうでしょうか?

神の愛があなたの心にも届きますように。

日の気温

マイナス11℃!!!アオキラ

でも、実はそんなには寒くないです。

風がないからかな、昨日の方が寒かったです。

一気に真冬となってしまったこちらでは、

交通事故、学校の休校が相次いで起きています。

そして、風邪も、、、風邪ひき

(次男のセイも昨日から学校休んでます。)


さて、カナダではサンクスギビングも過ぎ、

リメンバランスデー(戦没者追悼記念日)も終わり、

いよいよクリスマスシーズン突入です。


クリスマスは私も一番好きなシーズンです。心

ですが、クリスマスが商業化されてしまった

今では、本当のクリスマスの意義を知っている人は

どれくらいいるのでしょうか。


子供達はサンタからもらうプレゼント、

カップルは一緒に過ごせるロマンチックな時を期待し、

大人はクリスマスの準備に大忙し、

というのが実態ではないでしょうか?



うちでは、毎年恒例で、主人側の親戚との

クリスマスパーティーが開かれます。

そのパーティーで去年から

子供達の間でのプレゼント交換を
始めました。


それまでは、大人全員が一人一人の子どもに

プレゼントをあげていたため、

子ども達のもらうプレゼントは

いつも、山のように沢山ありました。

子どものいない方達が大変だと感じたのか(笑)、

プレゼント交換という形に変えよう!

とサジェストし、去年から

一人、一つのプレゼントとなったのです。


親戚とはサンクスギビングでも

集りますが、その時にくじをひき、

交換の相手を決めます。

だから、子ども達は10月半ば

(カナダのサンクスギビング)から

もう、頭の中はクリスマスプレゼントのこと

でいっぱいになっています。


数日前、長男のシュンは

チラシから自分の欲しいものを切り取り、

ウィッシュリストを作っていました。


ということで、毎年のことながら、

「当たり前」にプレゼントをもらえるので、

感謝の心はどっかに飛んでしまっている感じです。

あまり興味のないものをもらった時は

あからさまに落胆した態度をとった事もありました。・・・・


コリントの信徒への手紙ニ 第9章7節に書かれてあるように

しむ心からでなく、また、しいられてでもなく 喜んで施す人」

になって欲しいと願う私は

そういう我が子の態度を目にする度に

挫折感を感じてしまうのですが、

ここ2、3年、「喜んで施す人」に一歩でも近づけるように

「クリスマスチャイルド企画」

という「サマリタンのパース」(国際人道支援団体)によって

開催される企画に参加してきました。



「クリスマスチャイルド企画」というのは

靴箱サイズの箱(実際の靴箱を使うのも可)に

おもちゃ、衛生用品、文房具、など、

子どものプレゼントとなるものを詰めて、

発展途上国の子どもたちに

クリスマスプレゼントを送るという企画です。


一度もプレゼントをもらったことのない子どもたちが

初めてプレゼントをもらったり、

つま先が出ているくらいぼろぼろの靴を穿いていた子が

新品の靴をもらったり、と私達にとっては大した物でなくとも、

その子達にとっては一生を変えるくらいの

ビッグイベントなのです。


今年初めて、参加するユウは自分のプレゼントを詰めているのと

勘違いしていたみたいで、喜んでいたのですが、

自分のではないとお兄ちゃん達から言われて

「ぼくのぉ~!!!」と怒ったり。おこる


でも、ちゃんと説明した後は

分ってくれたみたいで

だだをこねなくなりました。苦笑

完了です!上げ上げ


こんな感じで、クリスマスは

「もらう」よりも「施す」

ということを知ってもらいたいと願いつつ、

小さなステップではありますが、

このステップがやがて、自分たちにあった焦点を

身の周りのニーズに向けられるような手助けと

なってくれたら、と思います。



「自分には何ができるだろう。」

ということを常に考えられるような

「喜んで施す人」になることを祈って。






日、大雪で子供達の学校が休みになることを秘かに願い、

スクールバスのキャンセルが無かった事にがっかりした私ですが、

(同じ区域では私達のところだけバスは正常運行。

他の所はバスがキャンセルされたため、休校となりました。)

「子供達は一日無駄にならずに済んでよかったかも。」

と後になって思いました。(自分を納得させるための言葉)


なぜ休校になるのを秘かに願っていたかというと、、、

長~い一日が私を待っていたからです。ムムム

(怠け者の心の内です ・・・・


昨日は放課後に息子達の先生たちとの懇談がありました。

毎年、息子達の学校では、この懇談の日に

ブックフェアーも開催されていて、

図書館でボランティアをしている私は

このブックフェアーのお手伝いに入る事になっていたのです。

私は懇談の後、夕方5時から夜8時までのシフトでした。


ブックフェアーの唯一の「問題」は

本が いっぱい あることです!!!

本好きな私は、子供達よりも興奮し、

(もちろん、心の中で。表面には出しませんでしたが)

自分を抑制するのが大変でした。笑



修養会で本をたくさん買ったばかりだったので、

もう、暫くは本は買っちゃいけない!!!

と自分を説得していたのですが、

やっぱり買っちゃいました、、、

(自分に負けた私でした、、、苦笑 )

これ ↓↓



と これ ↓↓



です。


一冊目は半額以下だったし、すごく面白い!

と聞いていたので、息子たちのために買いました。

(そう、私が欲しかった訳じゃないのよ!笑)


二冊目は以前から気になっていた本ですが、

子供達の「自分は___する資格がある」

(「___するのは当たり前」)

という態度を直すことに挑戦した

あるお母さんの12ヶ月にわたる試み

について書かれています。


世界共通だと思いますが、

恵まれたこの時代に生まれて来た

今の子供たちは、

いつまで経っても、子供のままで

成長できない傾向がみられるそうです。


責任感も欠けていて、それなのに、

「自分には____する資格がある」

と主張した態度をとります。


うちでも、最近、長男から

「携帯が欲しい。」

とねだられました。

「クラス中、持っていないのは自分だけだ!」

とのこと。

(でも、他にも持っていない子がいるのをお母さんは知っています。かお



欲しいものが欲しい時に

責任(この場合、携帯料)を供わずに

手に入る


今の子供達はこのパターンに慣れすぎているのではないでしょうか?

慣れすぎていて、「これが当たり前」という態度とっていませんか?


うちでも反省すべき事の一つですが、

容易に物をあげることで、

常に物欲にかられる子供たちを

私達は育てているのではないでしょうか?


 「わたしは乏しいから、こう言うのではない。わたしは、どんな境遇にあっても、足ることを学んだ。」

フィリピの信徒への手紙 4:11

と、パウロは言っています。


「物」を宝とし、追求して欲しくない、

「物」はいつでも消える。

「物」がなくとも、心が豊でいられる、

どんな境遇にあっても、足ることを知り、

感謝の心を持つ、そんな子供達に育てたい

というのが私の切実な想いです。


感謝の心は、「当たり前だ」と思っている限り生まれません。

『Cleaning House』の著者のKayさんは、

日常生活の中から

子供達の責任感、独立性、調和性、

思いやり、他人に仕えること、などを

トレーニングしていきます。


一刻も早く読み終え、

さっそく我が家でも実践していくのが待ちきれません!かお