なんというか、ショックである。
自分がいるフィールドで、自分が他人よりも劣っているという事実を
目の当たりにしたときってのは、本当に。
自分が誰よりも優れているとか全く思わないし、
自分がパーフェクトな人間だとかも思いもしないけれど、
少なくとも、少しは自分に自信がある部分もある。
というか、そう思わないとやっていられない。ことが多々ある。
それでも、ある分野において、自分よりも優れたひとたちが
こんなにたくさんいるというのを改めて知るというのは、
やはりショックなのである。
みんなすごいな、それに比べてあたしは。ぶつぶつ。
あれ、あたしって思ってた以上にできないひとなんだ。ぶつぶつ。
それでもやっていくしかないし、
それを見ずして前に進むことはできない。
そうやっているうちに結局、
誰かと比べることにそれほど意味はないと思えてきたり、
もしくは、比べることで自分の足りないところが明確になって、
新しい課題が見つかることもある。
そうしたら、自分を更に高める一つの手がかりにもなる。
それに、自分ができない人間なんだって知るということは
ひととしてとても大切なことを知っている。
ということにはならないだろうか。
なぜなら、同じような感情を抱いているひとの気持ちが、
何でもできると思っている人よりは少しは理解できるだろうし、
世のなかには、そういう劣等感のような感情を抱えているひとが
実はけっこういるのではないか、と勝手に思っている。
ひとは、知らず知らずのうちに(自分勝手な)いろんな前提を置いて
誰かとコミュニケーションを図ろうとするけれど、
それが時々、相手の感情を無視していることがあったりもする。
例えば、自分が分かっていることは、相手も分かっているはず、とか。
自分ができることは、相手もできて当然、とか。
そういう前提を勝手に置いてしまっていると、
相手とのすれ違いや、不意に傷つけたりすることの原因になったりもする。
こういうことって日常の中で、結構あったりする。
特に、人の上に立つようになると、よくあったりする。
でも、自分に足りないところがあると自覚しているひとは、
相手にもそれがあって当たり前、と思えるだろうし、
それが思いやりになって、相手を配慮する言葉や行動に表れる。
もしリーダーという立場にいる人であれば、
指示の出し方も変わってくるし、相手を評価する言葉も変わってくる。
そうすると、相手の言動やアウトプットも変わってくる。
なので、自分ができない人間だということを知るということは、
自分自身と、周囲の成長のためにも、
とてもとても大事なことだと思うのです。
と、自分自身に言い聞かせているのです。
まだまだ、道の途中ですから。