訪問くださって一緒に考えてくださってありがとうございます。
私以前はとにかく毎日頑張っていろいろとこなさないといけないって信じて生きているようなタイプでした。
でもその必死な思いのようにできないで自分を責めることが多かったですね。
また気が付くといろいろなことがしたくなってしまって全部中途半端になってしまうことがあってそんなキチンとできない自分にいつもどこかで責めていました。
振り返ってみると内側からあふれているいろいろやりたい思いをマインドで抑えてて苦しかったんだな~~と分かります。
マインドは過去の既知を使って計画的(予測・目標・目的)に進めることが大切だと信じているようなんです。
このためにマインドの考えているように進まないとき私達は自分を責めてしまうようです。
そして、上手くいかないと感じたり、できない自分はダメだという思い込みを信じてしまうようです。
そして今度は「できない自分」というのが思い込みだから、「できる自分」に思い込みを変えたらいいのではないか?
そのように感じて私出来る自分になろうとまたまた頑張っていたことがあります。
今思うとどれだけ自分を頑張らせたらいいと叱咤激励していたか?驚きます。![]()
出来る自分になりたくて、モチベーションが上がるようなセミナーなどに行ったり、元気ができるような本を読むなどするとそのときはすごく元気になるのに、
少しするとそれが続かなくて落ち込み「やっぱり私はダメだ」・・・そんなことを繰り返していたように思います。![]()
それが自分を責め続けているのに気づかないで、できない自分がダメなんだってまたまた責めていたり・・・・
周りの人が認めてくれない、分かってくれないってよく悲しくなっていましたが、実際は自分を責めていたのは自分だっかことに気づくまで苦しかったのを思い出します。
自分が上手く予定通りにできないのは、自分を甘やかしているからだって信じていましたからね。![]()
でも本当は全然そうではなかったのね~~って気づいたとき、やっと平安が訪れました。
なぜこのようなことが起こるのか?と考えてみると先ほど少し触れたのですが、
マインドは過去の既知を使って計画的(予測・目標・目的)に進めることが大切だと信じているようなんです。
このためにマインドの考えているように進まないとき私達は自分を責めてしまうようなんですよね。
マインドというのは私達が出来事を認識・解釈するために使える便利な道具であり、危険から身を護るために大切な役割を果たしてくれているものだと思います。
このために知っていることを使って次に何をしたらいいか?予測をしているようです。
ですがここで予測通りに進まないというのが人生なんですよね。![]()
なぜなら、毎瞬新しいために、既知を使っての予測のようにはいかないからのようです。
でも知っていることで安心できるマインドにとっては未知に対して何とか既知を使って予測してその通りになるように努力をすることで安心できると信じているようです。
ここが苦しみに繋がってしまうようです。
上手くできない自分はダメだと自分を責めることがあったら、それはマインドの計画と本質とのズレからきているだけのようです。
自分がダメなわけではなく、マインドの予測がハズレているだけだったようです![]()
計画通りに進まないとき、”マインド君の予測が外れたのね~~ナイストライ!”って気づけると楽になるかもしれません。![]()
私達が行っていることって、何をしていても、何をしていなくても全部宇宙(本質)の意志であって、私たちがそこから離れることはできないようです。![]()
マインドが既知を使って自分を守ろうとして必死になっていろいろな解釈が起こりますが、実際はそれらはマインドの見当違いの解釈だったようです。![]()
予定通りに進まないのは、自分が上手くできないからではなく、それがそのとき完全でありそれ以外の方がよかったとマインドが言っているだけのようです。
私達個人のマインドは過去の既知でしか解釈できないので上手くいっていななように見えるだけで、全体からしたらそれがいつも最善のようです。
賢者が「森を見て木をみず」という言葉を残されていますが、
小さな個人としてのマインドの認識はあまりに近視しかみえなくて全体が見えませんが、全体からしたらいつも完全に誰もがいるべき場所にいます。
起こることはいつもあるがままであることを許すとき、本質と一つであった事実に気づくかもしれません。
いつも守られて無条件の愛の中で安心して子供のように生きられますように
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