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昨日は夫と息子がバックヤードのプールの準備をしていました。
ビニールプールなのですが、こっちのはすごく大きくて大人も結構楽しめます。
息子が小さかったときは毎日楽しんでいましたね。
水の中に顔を付けるとき、静寂の中で聞こえる水の音、太陽の光に包まれる感覚がとても好きです。
今年の夏は暑いので沢山入りたいです![]()
いろいろなことがシンプルに紐解けてゆくと、どうしてあんなに思考にパワーがあると信じていてそこにないものを見るということをしてきたことに驚きます。
マインドは未知のこと、分からないことがとても恐ろしかったのだな~と感じますね。
「考えないで感じろ」「考えないで行動する」みたいなことをよく言われますよね?
でもこれは本当に簡単ではないと思うんです。
本当に一人だったら考えないで行動できるけど、周りの大切な人に迷惑をかけないように、間違わないようにって思いから行動できないですよね?
勇気がないのは恐れがあるから、プライドがあるから、自信がないから、いろいろなことを言うけれど、
やっぱり全部そこにあるのは愛だな~~と思います。
どんな思いもずっと辿っていくと愛からきているのが見えてくると現象はいろいろに見えるけど全部愛からきているのだな~~と感じますね。
マインドは分離の想念なので区別をして、比べることでそれを認識しようとするのでどうしても優劣や良し悪しが便宜上出来るのですが、
それらは体験をたのしむために在るのですが、それを忘れてその判断の方が重要視されてしまって本当はそこに意味のないものがリアルに感じ苦しみのようになっていたことが分かります。
昨日少し触れたのですが、言葉や概念は体験や事実を何とか伝えたくて表現したものですが、事実のカケラでしかないのですよね?
でもその便利な道具がいつしか重要になってしまい、言葉や概念によって一喜一憂して生きいてしまっているのに気づくととても驚きます。
言葉は人それぞれつけた意味が違ってくるので認識する時にそれぞれが好きなようにイメージしてゆくので会話をしていても決して真に同じ体験をすることがないのですよね。
でもどうしても同じだと勘違いしてしまうので、時に「あの時あ~言った」「言っていない」というように口論になることが時にあって、相手が嘘をついているように感じたりします。
でも実際はお互いが違う認識をしていただけであることにくづくとびっくりします。
また記憶というのは驚くほど曖昧で、マインドは都合の良いように既知を使って過去の記憶を作り上げることが多くて、そこに気付かないとその記憶がとてもリアルに感じます。
いろいろな誤解、勘違いに気づきはじめると、幾重にも積み重なっていた概念がほどけてゆきます。
自分を守るため、大切な誰かを守る為にずいぶん頑張ってきたのだな~~とびっくりします。
昨日久しぶりに映画「インサージェント」のDVDを見ていたのですが、主人公のトリスがシュミレーションの中で少しずつ過去の記憶を赦してゆくシーンがあります。
最後に自分を赦すとき世界に平和が訪れるのですが、私達ってこのトリスのように自分を赦していないんですよね。
苦しい体験、つらい体験をしているとき、深層心理を探ると、どれほど自分を責めているか?に気づき本当に驚きます。
そしてそれは概念を使った勘違いからきていて、そしてそれはもとは愛からきているのですよね。
その愛に出会うたびに驚きます。
愛も平安も本当はいつもここにあるのですが、自分を責めているときそれが見えなくなってしまうようです。
本当は誰も悪くないこと、全てが赦されていることを気づき愛と平安がここにあることに気づけますように
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