ご縁をいただけたこと心から感謝しています。
4月に入って日本はお花見の季節ですね。
日本の桜は本当にきれいですよね。
最後に見たのはもう10年くらい前なのかもしれません。
でもまるで昨日のことのようです。
お花見楽しんでくださいね。

不思議だと感じること、論理では説明できないと感じることっていっぱいありますよね。
私たちの頭では説明できないことを昔は神によって行われたとか、災いと信じていたのですよね?
また、地球の端までゆくと落ちてしまうと本気で思っていたころがあったのですよね。
それらを今科学で証明しようと科学者は新しい発見をつづけていますよね。
最近は重力についても今までとは全く違う発見をしいたと昨日息子が話してくれました。
それらの科学や心理学などとスピリチュアルが近づこうとしていますよね。
ただ難しいと感じるのは、言葉にできないものを言葉に表すことだと思います。
言葉にした瞬間に、沢山のものが省略されてしまって真に伝わらない。
これは日常的に毎瞬のように起こっていると思います。
私たちはどうしても言葉に頼ってしまうことで、そこに本当に秘めているリアリティーが隠れてしまい、隠れたままで判断してそれが事実だと信じてしまうことだと思います。
そして「分かった」「分かっている」と信じてしまい、勘違いを積み重ねて、リアリティーが見えなくなってゆくようです。
相手の言葉を自分の好きなように判断して、その人の意味することとは全く違ったままそれが事実と信じてしまうことがどれほど多いか?
日々丁寧に見てみると驚きます。
そしてそれが毎日続き、勝手に相手のイメージを固定化してしまったり・・・・
どれほどの勘違いで夫を責めてきたか?って申し訳なかったな~~って感じます。
自分の考え(判断)を使った頭のストーリーだけを見てきたことが真に分かり始めます。
それらは体験を通してしかわからなかったのだと最近さらに分かるようになりました。
なぜなら、どんなことも、言葉や概念を使うために、たくさんのものが省略されてしまうので、そこにあるものが全く見えてこないのですよね。
私たちの世界は全てを言葉や概念を使って話したり説明します。
もちろんそうしないと言葉の上でのコミュニケーンが取れないので当然言葉にすることや概念化するためにそれは問題ではないと思うのです。
でも、事実というのは、この概念で理解したものとは全く違っているのですよね。
なぜなら、この世界は無常なために、日々変化してゆく世界だからのようです。
私たちはこの無常の生の途切れのない生の躍動を固定化して分かろうとしてしまい、区別して、分離して説明し、頭で納得しようとしてしまうようなんです。
これは人や自分に対しても全く同じで、私たちは概念化した役割やその人の過去にこうだと信じたイメージをとても大切にしてしまいます。
本当は日々人は変化していいるのですが、全く新しい自分や他者をそれらのイメージによって見れなくなってしまうようです。
私たちはよりよくなろうとか、変化しようとか、変わろうと努力をしたり、頑張ったりします。
でも実際は、私たちの体の細胞が毎日再生されているように、全ては毎瞬自動的に新しくなっているようです。
ただそれらの変化を受け入れてゆくことによって、それらの体験が起こります。
その体験自体と同化してゆく感じです。
変わるために何かを必死に頑張るというのは、自然な流れを自分でコントロールしようとして実際は、抑制してしまい苦しくなってしまうことが時におこっているようです。
スポーツ選手がフローという状態になったとき、そこに努力する誰かは存在しないで、ただ風になったように体が軽やかになり体験を起こすといわれます。
ジムでズンバをしているとき、突然音楽が身体から流れているような感覚とともにダンスと音楽になっているような体験を時々します。
このとき全てが消えてしまい、ただ音楽とダンスだけがそこにあります。
一つになっていてそれ自体になってしまう感覚です。
この世界って真に毎瞬新しい世界のようなので、固定して何かを知識として概念化してしまうことは不可能なようです。
概念化できないこと、説明できないこと、分からないことに対して不安を感じるために、沢山の学問やルールなどを作ってきていると思うのです。
でもこの世界って本当に毎瞬が新しく無限に愛の表現が現れている世界なので、こうして判断した瞬間にこの瞬間のリアリティーが隠れてゆくようです。
本当は何もわかっていないのかもしれない。
そんなことに気づきはじめると、今まで概念によって見えなかったリアリティーの体験が始まります。
心がオープンになり、真の自己と一体化して流れるように物事が起こり始めます。
夫だからとか、父親だからとか、男だからとか、そういった役割や自分が信じてきたイメージを全て横において、夫を見た時、そこにあったのは、ありのままのその人でした。
そして、そのままでどれほど輝きを放っていたか?
そのままの彼が愛おしく、その尊さに圧倒されました。
私が信じてきた固定化した役割や理想化した概念を投影し、過去に信じたその人のイメージを投影していたことで、何も見ていなかったことに気づきました。
そして、その体験は、自分のありのままがどれほど尊いか?のきづきを体験することでもありました。
もし、誰かに変わってほしいと感じていたら、もし自分が変わらないといけないと感じていたら、いったん全ての役割や概念を横において、そのままあるがままを見てみてほしい。
頭でこうありたいとか、こうあるべきとかいう思いをもってではなく、ただただ誰でもないその人を見てみてほしい。
そこに全く今まで見えなかった輝きや尊さを発見するかもしれません。
すると、概念を使った努力は必要なく、日々変化し続けていることに気づきはじめます。
固定化した古い概念を使って未来を変えようとするのではなく、
今この瞬間、日々変化し続ける真の自己(全体)と一体化して、全く新しい自分を許可してゆきませんか?
小さな子供のように毎瞬、発見と喜びの体験になりますように
愛と感謝をこめて
ゆう
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