連日、東日本大震災に関する報道されています。
正直、直視できない、と思うこともしばしばあります。
あの日、息子と怯えながら見た悲惨な津波の中継。
忘れたい。でも忘れられない様々なシーン。
1年が経ち、そこで助かった人、命を落とした人、助けた人、それぞれのストーリーが明らかにされてきました。
自分自身が濁流に飲み込まれながらも両手に流れてきた人をつかんで水面に救い上げ救出した自衛官。その後、また濁流に飛び込みタンスのいかだで18人を救出。
社員自身が被災者でありながら壁新聞で希望を伝えるニュースを伝え続けた地元新聞社。その目には、被災者でありながらもつ物をすべて放出して分け与える庶民の姿があった。
インタビューをしたことでその人が家族を助けに行くタイミングをずらしてしまい、そのせいで命を落としてしまったのではないかと自問自答するジャーナリスト。
4歳の我が子をまだ見つけられず、職場を離れられなかった自分を今もなお責め続ける母親。
そのどれか一人が、自分自身や息子や夫でなかったとなぜ言えるのでしょうか。
いま普通に温かい部屋でなに不自由なく暮らしているということ。
これがまだ叶わない多くの仮設住宅の方々、避難されている方々。
いま私にできることは何だろうか・・・。
このジョイフォーキッズプロジェクトの意義や終着点についてまだ迷っている部分も多いですが、なにかわずかにでもできることに対して行動をとっていかなければなりません。