こんにちはニコニコ

19話から漱石くんの(一年生)敏感っ子時代を綴っています。

これから家庭崩壊までの経緯を書いています。

興味をもっていただいたら、幸いですウインク


これからはじまる あなたの物語

ずっと長く道は続くよ

にじいろの雨降り注げば

空は高鳴る  まぶしいね・・・♪


で、はじまる歌があります。

絢香さんの歌う「にじいろ」という曲です。

漱石が学童に入所するとき、在校生が歌ってくれました。卒園したての彼には、どう届いたかは、わからないけど、

母には、なんて素敵な歌で、歓迎してくださるのかしらと思ったのを覚えています。


漱石を生んで、一年後、育休明けて、職場復帰するときの朝ドラが、「花子とアン」でした。この曲が流れたら家を出る時間で、漱石を抱えて、車で聴きながら、職場へむかったのを思い出します。


これからはじまる あなたの物語



私と、漱石と、どんな物語になるのだろうとワクワクできていた  もんだ悲しい

ちなみに、朝ドラファンの私。私の中では、ベスト5内に、花子とアンは、あります。超大好きだった。

さて、本編へ。一年生時代

 虹色クラス

漱石くんのクラスは、38人ひとクラスで、教室が狭く感じた。

担任の先生は、28歳前後と若いけど、経験を重ねて、落ち着いてきている感じだった。この学校で、一年生三回目という情報もあり、安心できた。

テキパキしてる人で、おーい、大丈夫かぁーと思うところはなかった。

入学して、まず、このクラスは、虹色だと思いました。と発言された。

言葉の意味を深く考えていなかった私は、今どきの色とりどりね、多様性ね、よく使う個性を尊重するみたいな感じね。と、受け取った。

実際は、本当に、本当に、本当に、色とりどりだったんだなー泣き笑いハハハ


この38人を一人でみてくれたこの担任は、素晴らしい先生だったと思うし、今後のご活躍に期待できる。(転校したけど)


 スーパーモンペ


モンペは、私だけじゃなかったはず。

私は、よく電話した。なんで、あんなに電話してたのかは、覚えていないが。。


宿題のことを相談したら、学校で居残ってさせますねーと、すぐに、やってくださった。漱石も、嬉しくて、残ってやっていた。しばらくは上手くいったが、毎日のように居残られて、迷惑だったのか、上の先生の指導がはいったのか、家でやりなさいになった泣き笑い悲しい

だから、また、漱石の癇癪は復活した。 


時間割りの件を相談したら、スタンプカードを作ってくれて、15分以内に一人でやったら先生がスタンプ押してくれた。漱石は、喜んで時間割りをがんばるようになった。しかし、もう少しで、時間割りが一人でできるかなーでも、まだもう少しってとこで三学期が終わって、担任が代わったのだ泣時間割り身につかず。失敗に終わった。


先生に、うちのくだらない問題をいろいろ相談して、悪かったなー。反省しています。そして、お知らせできるのであれば、


立派な自閉っ子となり。今、大変です。と伝えたい。

(;´Д⊂)(つд;)(TДT)


連絡帳、毎日のように書いて二冊目になった。注文するときも、連絡帳を使ったのだが、漱石が、「○○さんは、まだ一冊目の三ページしか、書いてなかったよ」といった。

ひらめき「えっ?そうなの」

そういう関心のない親もいると、思った。


四年後、その関心のない親になった(笑)

もも姫の連絡帳は、入学して3ヶ月で、まだ二ページ目だ(笑)このペースだと、3月までに、三ページだな(笑)

漱石よー

お前のせいじゃームキームキームキームキー

モンペやらされるのも、

お前のせいじゃームキームキームキームキー 


漱石の一年の担任を苦しめていたのかもしれない。

手のかかる母子だなーと。

すみませんでしたm(_ _)m


三学期

担任の先生は、私に、スクールカウンセラーを紹介した。みんな受けてますから、と、誰でもオープンな雰囲気だして、誘ってきた。

私は仕事で、休みの都合がつきにくく、乗り気は、なかったが、とりあえず一回だけと、受けてみることにしたのだった。


続く