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ジョイサッカースクールのコーチのブログ

滋賀県東近江市にあるキムラスクエアガーデンにあるフットサルコートで
サッカースクールを教えているコーチが、スクールで感じたことを
熱く!冷静に!たまにふざけながら!

そして!!!

子供たちの未来のコトを思って書いているブログです♪

本日のトレーニング中に選手に伝えたこと。


一つ目は本当のミスをしよう。

消極的にプレーしたり、ミスを恐れながらプレーしたり、要求していることをまったくせずに、

そういう中で失敗することは止めよう。その失敗は嘘です。成功も。

積極的に、やるべきことを全力でプレーした中で成功や失敗をすること。

そういうことを練習から続けないとダメ。


二つ目はミスの後の切り替えを早くしよう。

これは単にプレー中の攻守の切り替えなどの話ではありません。

例えばドリルトレーニングのようなポジションや動き方、パスの出す場所、走る位置などが

あらかじめ決まっているようなメニューの時。

ある選手がパスを出す所を間違えた。もしくはパスが大きくずれてしまった。

そのような現象が起こった時にたいがいみんな数秒立ち止まります。

今回のトレーニング時もそう。

そして僕が指示しないと次に動けない。

単純に次に切り替えたらいいじゃん。

近くのボールを拾って続けたらいいやん。

なんか本人はバツが悪そうに苦笑いをするか謝るかだけだし、

他の選手はミスした選手がどうするのか、僕がどう言うかをただ待っているだけ。

僕の反応を待っているようではダメ。




僕はいつもいつも言っているんです。

ミスしたことには怒ってないと。

そういうミスが起こった原因や起こった後の行動やプレーに対して怒っているのです。

てか別に謝ってくれなくてもいいし・・・まあ謝ってくれてもいいけど(笑)

とりあえずいちいち変な空気を勝手に出して、やばい雰囲気を勝手に作りだして、

ほんでもって練習時間を削ってしまうようなことだけしなかったらそれでいいよ!

ミスをしない選手がミスをしたら怒るかもしれないけど・・・笑。


早く僕のことを理解して。

何を求めてて、何が好きで、何が嫌いかを。

そういうのを見極める能力も生きていく上で大事でしょ。

僕を理解して価値観が合わないと絶対に上手く成長していかない。

決して僕のようになれって意味ではないです。

早く僕の上をいかないと。子供の僕より・・・(笑)




それではまた♪



信頼関係って本当に大事。


それはサッカーの中でも。


親と子。コーチと選手。または保護者とコーチ。


どれか一つでも上手くいっていないと、選手(子供)は上手く育たない。


今、選手(子供)を観て考えて下さい。


もしこの子はダメだなと思うのであれば、どれかが上手くいっていない証拠。


では何をもってダメなのでしょう。


下手だから?頑張ってないから?


ではどうすれば満足なのでしょう。


トレセンに選ばれたら?チームが優勝できたら?


そもそも良い、悪いの判断は誰がするのでしょう。


そんなもん子供自身でしょう。


だから僕はよく皮肉な言い方をします。


「別にみんながそれで良かったら、コーチはそれでいいけど」って。


コーチや親がどれだけ満足しても、それって意味ないですよね。


満足って他人がするものではない。


サッカーをやっているのは選手自身だから。


自分の子や選手に対して否定的な言葉をよく耳にします。


そういう時に僕は心の中でたいがい「そう?」って思います。


まず下手だから悪くて、上手いから良いなんて判断はしていないですから。


例えば下手なのに頑張らない選手。


そこにどんな要因が隠されているのかを考えて下さい。


とりあえずそんな選手に「お前下手なんだから、もっと頑張れよ」って言っても意味ないです。


むしろ逆効果。僕は選手によっては言いますけどね!


じゃあ選手が頑張れるような言葉の1つや、100ぐらい。かけてあげれていますか?


コーチにしかできない言動がある。親にしかできない言動があると僕は思います。


それは良い言動も。良くない言動もそれぞれにある。


とりあえず僕は自分の選手が下手だったり、チームが勝てなかったら指導者が悪いって思います。


でも下手だけど、お前はこういう所は良いよなーとか、


負けたけど、こういう所をみんな頑張ったよなーってめっちゃ思いますよ。


そもそも結果だけで良い、悪いなんて判断しないです。


あえてそうやって言うこともありますけど、鼓舞するためにとか。


とにかくそこには僕の中では、ものすごく緻密に考えた中で言葉を選んでいるつもりです。


それでもちゃんと自分の指導力の無さは認識していますよ。


だから「何も知らない」のに結果だけを観て、そんな偉そうな事なんて言えるわけがないのです。


あーせい、こーせいって全部言って、もしそれ通りの人間になって何が嬉しい?誰が嬉しい??


もしそこまで自信があるならそうすればいい。自分にも。信頼関係にも。




信頼関係の築けている選手はほんとすごいですよ!


何でも言うこと聞きますし、何でもすぐに吸収して、どんどん上達していきますよ!



しかし僕はそこに怖さも感じます。


だから責任を持って、言動を慎みます。





それではまた♪






サッカーとはゴールを奪う。そしてゴールを守る→ボールを奪うことです。


これは僕が常々言っていることです。


その目的の中に原理原則が存在しています。



最近のスクールでも、どこかの試合などでもよく見かけるのが、


ボールを持ったらすぐに味方を探してしまうシーン。


そしてそういう選手に多いのがボールウォッチャーになっている。


攻撃時の目的はゴールを奪うこと、あるいはシュートを打つこと。


その中でプレーを判断しなければいけません。


ボールのもらい方やポジショニング、トラップの仕方、ドリブルなのかパスなのか・・・


しかし上記のような選手はボールを失わないために、


あるいはパスを味方につなげることが目的となっているのでしょう。


たまに聞こえてくる言葉。


「早くボールを放せ」「ボールを持つな」


場面によっては間違っていないコーチングでしょう。


しかしその言葉1つで選手は原理原則を失ってしまいます。


もっと言えば選手が自分で判断すること自体を奪っている可能性があります。


指導者の言葉の影響力とはどれほどのものでしょうか?



前が空いているのに仕掛けない。ゴール前なのにシュートを打たない。

後ろでボールを受けようとする。リスクを考えてチャレンジしない。


これらは水曜の女子クラスや昨日のエキス5年クラスで見られた光景です。


特にエキスの5年では自分で仕掛けることを4月から徹底しています。


1対1や1対2での攻防や、パスなしのゲームなど。


しかし昨日はふいにパスが出せるようなトレーニングを行うと上記のような現象が起こりました。


いくつか声掛けをしているとすぐに改善されました。


僕は決して「ボールを放すな」とも「シュートを打て」とも言っていません。


目的を伝えただけです。


ゴールに向かうからゴールが決められる。


ゴールに向かって守備が来たら、味方が空くでしょう?


中を攻めるからゴールに近づける。


中を攻めて、守備が中央に来たら外が空くでしょう?


優先順位がむちゃくちゃになってはいけません。


そんな中で一番気になったのが選手がチャレンジしないこと。


やはりサッカーではリスク管理はものすごく大切です。


でも1対3の数的不利だからドリブルをしてはいけないなんてそんなルールはない。


目的はゴールを奪うことなのだから、いけると思ったらチャレンジしていいんじゃない?


なんか上手い選手ほど、変に賢く、上手くやろうとし過ぎな気がします。


ただ上手いだけの選手は山ほどいるけど、そこを抜けだすためにはそういう所が大事ですよ。


そしてもっとも懸念するのが、まだ小学生の子供がそういうような状態に陥っている事。

これはおそらくサッカーがより緻密に複雑になってきたこと。


情報通信の発達により指導者に(あるいは選手にも)多種多様な情報が増えた結果だと思います。


まだ子供なんだからむちゃくちゃしたらいいやん。ほんで別に怒られたらいいやん。


そういう部分に関してオープンにしているはずなんですけどね。



そういえば。


最近というか、ずっとというか、思うのが、僕って全然サッカー指導していないなって。


原理原則や取り組む姿勢などただただ当たり前のことをひたすら言っているだけ。


あとは子供達のやったことに対して、褒めるか怒るか提案するかだけ。


言い換えれば、誰でも言えることですね・・・( ̄ー ̄;


まあ、僕的にはみんな成長しているので良しとしましょう(笑)




それではまた♪









良い大人もいれば、悪い大人もいる。


常識のある大人もいれば、非常識な大人もいる。


子供の時は大嫌いだった大人でも、自分が大人になって尊敬する人に変わることもある。


でも完璧な大人なんていない。


それは完璧な人間がいないというのと同じこと。



子供が失敗するのはしょうがないことです。


むしろどんどん失敗すれば良いと僕は思っています。



ただそこで問題なのは近くにいる大人の行動です。



まずそもそも失敗したことに気付いているのか。


そして失敗することを想定できているのか。


どんな失敗なのかを見極められているのか。



失敗したことしか見えてない人はただ怒ることしかできないはずです。


理不尽な怒り。


理不尽を経験する事も大事だってたまに聞きますが、


本当の理不尽は絶対ダメでしょう。


最初に書いた大嫌いな大人が尊敬に変わるって場合はこれとは違いますよ。



大人になると変に賢くなってしまって、悪いことも良い風に捉えようとしがちですが。


(僕は嫌なことは寝たら忘れるタイプなんで、あんまり気になりませんが。笑)



子供には思っているよりもストレートに伝わります。その理不尽さも。


その中であえて理不尽に振舞うなんて、僕はようしません。


でもそれは嫌われたくないとかそういうことではありません。


僕の場合はストレートに伝わるからこそ、ダメなことはストレートに言います。


それはサッカーの指導も、普段の事もです。



そう言えばこないだ試合に行った時に、ちょうど選手(子供)に向かって


むちゃくちゃ怒ってるコーチがいました。


もうプレー中も、ハーフタイム時にでもひたすら怒鳴り散らしていました。


僕がふいに俺もこんな感じ?って自分の選手に聞いたら、


少し考えた結果、「細かいことをぐだぐだ言うタイプ」だそうです(笑)


だから分かりやすいってフォローを後から付け加えられましたが、普通に笑いました。



結局、怒ることが大切なのではないです。


怒るにしても感情任せの怒りでは絶対ダメです。


それでは子供と一緒。


子供がどう子供を育てるのか。


完璧な人間はいないけど、大人なら大人としての最低限の節度は必要でしょう。



子供を育てることは子供を守ることでもあるはずです。


どんな子供に育てたいのか。


どんな選手を育てたいのか。


まずはそこから考える必要があるのかもしれません。



子供は大人を選べません。


関わる大人は責任を持たないと。



そんな中でやはり子供は早く自立することが大切。


本当の意味での自立ではなく、


自分のことは自分でちゃんと考え、責任を持って行動する。


そうしないとこれから後悔してしまうかもしれない。


そうしないとちゃんとした大人になれないかもしれない。



でもまずは大人が子供を守ることですよ!




それではまた♪




一は全。全は一。

チームを指導するようになり、またこの言葉が一段と考えさせられます。

この世界の中の自分なんて、何の影響も無いちっぽけな存在でしょう。

しかしそんなちっぽけな人間が集まって世界は成り立っている。

いつも仲の良い友達グループを考えるとよくわかるはずです。

その小さなコミュニティの中では一人一人に絶妙な役割があって、一人一人の影響力は大きい。

誰かの意見がいろんな場面で通ったりする。

何して遊ぶか、何を食べるか。

もしも誰か一人がいけないことをした時に、あるいはしようとしている時に、

友達に対して怒ってあげることも、止めてあげることもできる。

逆にそれを一緒になってすることもできるでしょう。

もしもグループ内に誰に対してもやさしく、とても思いやりのある友達がいれば、

その周りの人間も人にやさしくしてもらえることの嬉しさや、

人を思いやることの大事さにも気付けるはずです。

それらはサッカーでも同じ。

誰かがミスをした時に、

その選手に怒る人。

その選手を励ます人。

何も感じない人。

そのミスのカバーを一生懸命行う人。

他にもいろんな行動が取れるけど、一体どれがチームの為になるのか。

それはその時の状況やその選手の性格、あるいは選手同士の信頼関係によっても変わるでしょう。

練習や試合で誰か一人でも気持ちのないプレーややる気のないプレーを行えば、

周りのモチベーションも下がってしまうことだってある。

逆に誰かが一生懸命献身的なプレーをしてくれたら、周りもやる気に満ち溢れるでしょう。

一人(自分)の力というのは思っている以上に大きいのです。



そしてサッカーは一人じゃできない。

この世界も一人では生きていけない。

だから自分の行動には責任を持たなければいけない。


決して自分勝手ではいけない。


誰かがいるから幸せや充実感を得られるのは確かなこと。



・自己を尊重でき、他者も尊重できる

・自ら考え責任を持って行動できる

・常に感謝の気持ちを忘れない

ジョイジュニアユースサッカークラブクオリアントではこれらを土台として、

その上でサッカーを取り組むということを掲げています。


チームの為というのは、誰かの為でもあるし、自分の為にでもある。


サッカーというスポーツは本当に素晴らしい。

いろんなことを教えてくれる。

そして素晴らしい試合をすれば、自分たちも嬉しいし、

それを観ている人たちにも感動や勇気などを与えることができる。


そしてそのことを知って、また自分が充実感を得る。



また日本では悲しい出来事が起こりました。

そんな中であるニュースを観ていると、このような映像が流れていました。

避難所で避難者全員に温かいカレーが用意され、

それを食べた後のまだ小さい子供数人へのインタビュー。

「とてもおいしかったです」

「こんなおいしいカレーを用意してくださり、とても嬉しいです」

たしかこのような言葉だったと思います。

驚いたのはその言葉ではなく、その話をしている時の子供の表情でした。

とてもきらきらした笑顔。

ドラマなどでは決して見られない表情。

単純にこの子達は本当に嬉しかったんだなって。

そしてこのような経験をした子達は絶対に思いやりのある、

人の気持ちの分かる子に育つだろうなって思いました。

その子たちにとってはとてもつらい出来事で、それはまだなお続いていますが、

僕はその映像を観て、すごく心が温かくなりました。



現地に行ってボランティアなど、そのような事は僕には何一つできないけれど、


今、指導している選手や子供たちに何か一つでも大切な事を伝えて、


一人でも多く、良いサッカー選手を育ててあげられたらいいなと改めて感じています。




分かり合えない事もあるだろう


誤解を知って理解を知る


1つの幸せが2人に


2人の悲しみは半分に





それではまた♪