「法華経」の七喩とは。
法華七喩(ほっけしちゆ)は (1)三界火宅(さんがいかたく)の喩え(譬喩品)(2)長者窮子(ちょうじゃぐうじ)の喩え(信解品)(3)薬草(やくそう)の喩え(薬草喩品)(4)化城(けじょう)の喩え(化城喩品)(5)衣裏宝珠(えりほうじゅ)の喩え(授記品)(6)髻珠(けいしゅ)の喩え(安楽行品)(7)医子の喩え(寿量品)です。
法華経には「たとえば」が多い。実は、これが法華経の霊力、神通力の秘密なのです。「たとえば」 が多いこと、この一言に尽きます。たとえば、たとえば、たとえば、 を、たくみに使うお釈迦様の慈悲慈愛に、御魂(みたま)と御魂で接っすることで、「たとえば」 に乗ってイメージが具体化し、それに合わせて、ご自身のご本仏、内面的な意識、深層意識が出てきて、人間の力を超えたパワーが発揮される。 法華経行者の通力、霊力の秘密はそういうことであります。
◎長者窮子(ちょうじゃぐうじ)の喩え (第四章、信解品、しんげほん)
信じて理解をすすめていくことが信解である。
仏の教えを信じる。
次にはその教えを理解する。
理解することによってさらに深く信じることができるようになる。
※増上慢(自分は既に悟っていると勘違いしている人たち)は特に気をつけないと.......
◎長者窮子(ちょうじゃぐうじ)の喩え
ある長者の子供が幼い時に家出した。彼は50年の間、他国を流浪して困窮したあげく、父の邸宅とは知らず門前にたどりついた。父親は偶然見たその窮子が息子だと確信し、召使いに連れてくるよう命じたが、何も知らない息子は捕まえられるのが嫌で逃げてしまう。
長者は一計を案じ、召使いにみすぼらしい格好をさせて「いい仕事があるから一緒にやらないか」と誘うよう命じ、ついに邸宅に連れ戻した。そしてその窮子を掃除夫として雇い、最初に一番汚い仕事を任せた。長者自身も立派な着物を脱いで身なりを低<して窮子と共に汗を流した。窮子である息子も熱心に仕事をこなした。
やがて20年経ち臨終を前にした長者は、窮子に財産の管理を任せ、実の子であることを明かした。
この物語の長者とは仏で、窮子とは我々であり、仏の様々なお導きによって、一切の衆生はみな仏の子であることを自覚し、成仏することができるということを表している。なお長者窮子については釈迦仏が語るのではなく、弟子の大迦葉が理解した内容を釈迦仏に伝える形をとっている。
◎窮子(ぐうじ)の苦しみ
4人の声聞のひとりは、「我々は、三苦の為にこの人生のなかで苦しみを受けて、かの貧しい息子のように迷い悩んだ挙句、小さな悟りに満足していました。」と告白した。
三苦とは「苦苦」(くく)「壊苦」(えく)「行苦」(ぎょうく)のことである。
「苦苦」…病気で苦しいとか、人から打たれて苦しいとか、誰でも普通に経験する苦しみである。
「壊苦」…壊れていくこと、衰えていくことを苦と感じる苦しみ。人が老いていくこと。花が散っていくこと。
落葉。社会的地位や権力や財産が崩れ去っていくとき、人は、「壊苦」を感じる。
「行苦」…変化していくことに苦を感じることである。なくなりはしないが、変わっていくことに苦を感じることである。
この3つの苦しみによって生死の世界のなかで悩んでいたのが、4人の声聞たちであり長者窮子の喩えの貧しい息子であった。
長者窮子の喩えに出てくる、汚い仕事とは、汚物のような汚らわしい生活条件の意味である。三つの苦しみからなる我々の生活は汚れている。いまや、仏の教えによってその汚れた生活から抜け出ることを教えられた4人の声聞達は精進努力して悟りを求めることを決心した。
追記、自らのための修行から、他人を生かし目覚めさせる修行に転じさせるところに「法華経」の素晴らしい生命力があります。この信解品は、自己の救済と解脱に生きた人々がいかに大いなる道、菩薩の道に目覚めていったかを転向者の口をかりて語りつづった教えです。
法華経は釈尊の肉声の教え、経典です。 是非とも、
釈尊のご慈悲を体験してみてください(西洲)
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