釈尊と共に生きる、西洲のブログです!

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法華経は釈尊の肉声の教えの経典です。あらゆる経典の中で、法華経は、別の名を
「最上王経」とも呼ばれ諸経の王でもあります。女人成仏をはじめどんな衆生も
生きるもの全てを救おうとする仏陀の方便の力は、法華経のすばらしさです。

仏の智慧(ちえ)は海のごとく広大にして、仏の心は大慈悲なり。仏は姿なくして妙(たえ)なる姿を示し、身をもって教えを説かれました。人に生まるるは難く、いまある生命は有難く、世に仏あるは難く、仏の教えを聞くは有難い❕ 共に学んで行きましょうひらめき電球

 

 

尊いさとりを求めて

ただ東に進みだしたが.......あし

 

 

昔、サダープラルテック(常啼.じょうたい)という求道者が、あった。ひたすらにまことのさとりを求め名誉利欲に誘われず懸命であったあせる

 

ある日、空中に声があり、「サダープラルディタよ、ただ東に進めわきめもふらず、暑さ寒さを忘れ、世の毀誉にかかわらず、善悪のはからいにとらわれず、ひたすらに東に進め。必ずまことの師を得て、さとりを得るであろう。」と教えた上差し                                          

 

彼は大いに喜び、声の教えたとおり、ただまっしぐらに東に進んで道を求めたあし 野に伏し、山に眠り、また異国の旅の迫害と、屈辱(くつじょく)を忍び、ときには身を売って人に仕え、骨を削る思いをしてその日の糧(かて)を得つつ、ようやくまことの師のもとにたどりついて教えを請うたドア

 

世に、好事魔(こうじま)多しという。良いことをしようとすれば必ず障りがでるものであるサダープラルディタの求道の旅にも、この障りはいくたびとなく現れたショボーン

 

師に捧げる香華(こうげ)のもとでを得たいと思い、身を売って人に仕え、賃金を得ようとしても、やとい手がない汗 悪魔の妨げの手は彼の赴くところ、どこにでも伸びていたグラサン さとりの道はまことに血を枯らし骨を削る苦難の旅であったあせる

 

師について教えを受け、尊いことばを記そうと思っても、紙も墨も得ることができない。彼は刀をとって自分の腕を突き、血を流して師のことばを記したガーン

 

このようにして、彼は尊いさとりのことばを得たのであったお祝い

 

仏教経典参照

 

追記、尊いさとりを得るには、簡単ではないあせる ということですね滝汗  世に好事魔多しグラサンは神様に試されるための試練の壁ですねびっくり 本人の弱点を神様は知つているので、あえてそれらのハードルを越えられるか試されます上差し逃げたら何度でも用意されますので、覚悟を決めて進みましょう走る人

 

 

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洋の東西の偉人、賢人たちの「名言」をご紹介します。人の一生には悩みがつきものです。私たちはしくじり、恥をかき、苦悩する。心を惑わせ、傷つけるのが人の言葉なら、励ましを与え、明日を生きる理由を与えるのもまた、人の言葉なのである。

 

 

◎ 自分の仕事を見つめなおす

 

 

釣れるときは一瞬の出来事びっくり

 

 

 

機会はどの場所にもある。

 

釣針を垂れて常に用意せよ。

 

釣れまいと思う所に常に魚あり。

 

 

 

オウィディウス

(帝政ローマ時代最初期の詩人の一人。)

 

 

 

◎  藪から棒

 

 

よく使われる言葉ですね。

 

 

不意をついた行動をすることをたとえた言葉。唐突さ、不意打ちを表している。藪の暗がりから急に棒が突き出してくれば誰もが驚く、ということからこの言葉が生まれたビックリマーク

 

江戸時代の浄瑠璃「鑓(やり)の権三重帷(ごんざかさねかたびら)子)では、「藪から棒と申さうか寝耳に水と申さうか」といった使われ方をしており、「寝耳に水」とほぼ同義である。

 

また、そのほかに似た言葉として「青天の霹靂」「窓から槍」などといった言葉もある。いずれも、とっさの出来事を何かにたとえて創られた言葉である叫び

 

(日本のことわざ)

 

追記、機会やチャンスはどこにでもあるので、絶えず用意をしながら、待機せよビックリマークの今回のテーマですねOK いつどんなときでも、何が起きるか予想もつかない出来事ですびっくり 藪から棒にや三国志でお馴染みの青天の霹靂は有名な言葉です上差し どちらも油断しないで気を抜かないことが大切ですチョキ

 

 

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現実生活のなかで苦悩する人にとって、法華経がどれほど役に立つ教えであるかを実践的に解き明かしている経典です。あらためて法華経のもつ偉大な力を認識していただき、共に学んでいければ嬉しいです宝石赤

 

 

正法の時代の最初の500年間ははてなマーク

 

 

われわれは未来予知について、まだそんな能力がほんとうに人間にあるのかと疑っているフシがある。しかし、前回紹介したジョセフ.マーフィーは、キリスト教に仏教の思想をとり入れたニューソートの信奉者の一人だったが、夢のなかで日本軍の真珠湾攻撃を予知しているビックリマーク

 

また、日本では大本教の出口王仁三郎(でぐちおにざぶろう)が大正時代に、アメリカの日本空襲、原発投下、日本の降伏などを予言していた事実もある上差し

 

この事実から見ても、見えざる真理を悟った宗教家が、未来を見とおせる力をもっていることがわかるであろうひらめき電球

 

たしかに、情勢をくわしく分析していけば、ある程度、未来予想はできるという意見もあるだろう。しかし、出口王仁三郎にそんな学問的素地(そじ)はあったのだろうかはてなマーク

 

それにまた、理論的、学問的なデータをバックに数十年の未来をバラ色に描いた「未来学」が今日の状況をほとんどいい当てられなかったということも思い出していただきたい。結局、見えざる真理を見つめることができた者しか、未来は予測できないのだOK

 

さて、見えざる真理の発見者である釈尊は、自分の入滅後の1000年間正法の時代がくると予言していると前回にもいった。この前半の500年間を「解脱堅固時」(げだつけんごのとき)と呼んでいるが、この意味は、釈尊の教えどおりにおこなっていれば、人びとは解脱する(救われる)という時期をさしているお祝い

 

現実の歴史もそのとおりになっている。釈尊の入滅の年はいくつかの説があって、確定できないが、私(著者)は紀元前488年という説がもっとも正しいと思っている。その年を起点に歴史的事実を見ていこう目

 

釈尊の入滅は弟子たちに多大な影響を与えたが、その一年後、弟子たちが集まって、あらためて釈尊の教えについて確認しあっているグッド!

 

その100年後にも、700人の信徒が集まり、ふたたび見解の統一をはかった。釈尊の教えは100年かん堅持されたわけだOK

 

そしてその後も、仏教はとだえはしなかった。次には、アショカ王が出て、仏教をさらに広めている。アショカ王はインドを統一した人だが、カリンガ地方を征服するにあたって、数十万人の犠牲者を出したことを悔やみ、仏教に帰依(きえ)したのであるお願い

 

そしてアショカ王はインド国内だけでなく、西域(スリランカ、アフガニスタン、ネパール)などにも伝道師を派遣して、仏教を世界に広めるために努力した。そのおかげで、インド国内ではますます仏教は盛んになっていく。こういう状態が、紀元前一世紀までつづいていく

 

これが最初の500年間の状況であった叫び

 

人生に救い”法華経の奇跡” 信じられない何かか起きる(謝世輝著)参照から

 

 

追記、釈尊入滅後の1000年を正法の時代と呼んでいますビックリマーク 今回は最初の500年間の解脱堅固時の状況でした上差し 後半の500年間はどう変化したのでしょうか❓ これは次回になりますチョキ

 

 

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