現実生活のなかで苦悩する人にとって、法華経がどれほど役に立つ教えであるかを実践的に解き明かしている経典です。あらためて法華経のもつ偉大な力を認識していただき、共に学んでいければ嬉しいです

正法の時代の最初の500年間は
われわれは未来予知について、まだそんな能力がほんとうに人間にあるのかと疑っているフシがある。しかし、前回紹介したジョセフ.マーフィーは、キリスト教に仏教の思想をとり入れたニューソートの信奉者の一人だったが、夢のなかで日本軍の真珠湾攻撃を予知している
また、日本では大本教の出口王仁三郎(でぐちおにざぶろう)が大正時代に、アメリカの日本空襲、原発投下、日本の降伏などを予言していた事実もある
この事実から見ても、見えざる真理を悟った宗教家が、未来を見とおせる力をもっていることがわかるであろう
たしかに、情勢をくわしく分析していけば、ある程度、未来予想はできるという意見もあるだろう。しかし、出口王仁三郎にそんな学問的素地(そじ)はあったのだろうか
それにまた、理論的、学問的なデータをバックに数十年の未来をバラ色に描いた「未来学」が今日の状況をほとんどいい当てられなかったということも思い出していただきたい。結局、見えざる真理を見つめることができた者しか、未来は予測できないのだ
さて、見えざる真理の発見者である釈尊は、自分の入滅後の1000年間は正法の時代がくると予言していると前回にもいった。この前半の500年間を「解脱堅固時」(げだつけんごのとき)と呼んでいるが、この意味は、釈尊の教えどおりにおこなっていれば、人びとは解脱する(救われる)という時期をさしている
現実の歴史もそのとおりになっている。釈尊の入滅の年はいくつかの説があって、確定できないが、私(著者)は紀元前488年という説がもっとも正しいと思っている。その年を起点に歴史的事実を見ていこう
釈尊の入滅は弟子たちに多大な影響を与えたが、その一年後、弟子たちが集まって、あらためて釈尊の教えについて確認しあっている
その100年後にも、700人の信徒が集まり、ふたたび見解の統一をはかった。釈尊の教えは100年かん堅持されたわけだ
そしてその後も、仏教はとだえはしなかった。次には、アショカ王が出て、仏教をさらに広めている。アショカ王はインドを統一した人だが、カリンガ地方を征服するにあたって、数十万人の犠牲者を出したことを悔やみ、仏教に帰依(きえ)したのである
そしてアショカ王はインド国内だけでなく、西域(スリランカ、アフガニスタン、ネパール)などにも伝道師を派遣して、仏教を世界に広めるために努力した。そのおかげで、インド国内ではますます仏教は盛んになっていく。こういう状態が、紀元前一世紀までつづいていく。
これが最初の500年間の状況であった
人生に救い”法華経の奇跡” 信じられない何かか起きる(謝世輝著)参照から
追記、釈尊入滅後の1000年を正法の時代と呼んでいます
今回は最初の500年間の解脱堅固時の状況でした
後半の500年間はどう変化したのでしょうか❓ これは次回になります
法華経は釈尊の肉声の教え、経典です。 是非とも、
釈尊のご慈悲を体験してみてください(西洲)
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