釈尊と共に生きる、西洲のブログです!

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☆ 法華経は宇宙そのもの真理であり、釈尊の肉声の教えの経典です。 あらゆる経典の中で、法華経は、‘天下の書’ 「諸経の王」 と言われます。
  "縁起を見るものは法を見る, 法を見るものは私を見る"(釈尊) 法華経を受持できる人は奇跡の人なのです!

人生ぼ~っと生きないことです!

 

 

本を読んでいたら修行について書かれたものがありました。

 

私たちは修行というと、座禅を組んだりお経をあげたり写経とか、滝に打たれる、火の上を歩くとかそういったことを修行だと思うことが多いと思います。

 

でも、その本に書かれていたのは「生きることそのものが修行」。

 

朝、起きることも布団を畳むこと、顔を洗うこと、食事、炊事洗濯、掃除、職業としての仕事、人との会話、身体で行うことだけでなく、心も頭で考えることもすべてが修行なのだそうです。

 

実際、お寺で修行している方もお経を読んだりするだけではなく日常生活すべてを修行として生活しておられます。

 

考えること、思うこと、行うこと、すべてが修行…

 

 毎日の生活をなんとなく送るのではなく、心を込めて一心に行うことだと書いてありました。

 

 修行という意味ではルーティンワークというものはないということですね。

 

 ボーっと生きないことですね!笑。

 

永遠の五歳児に叱られちゃいますよ。笑笑。

 

 そうじゃなくて…せっかく生きている今に与えられている修行、丁寧にしていきたいですね。

 

(白蓮堂スタッフEさんより)

 

 

追記、息を吸うのも修行あせる 人生ぼ~っと生きないことです! でもたまにはいいかぁ~(^^; 

 息抜きをビックリマーク 週一の休みはそのためですねグッド!

 

 

 

法華経は釈尊の肉声の教え、経典です。 是非とも、

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真実は一つ!!

 

 

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一人で立ち向かうべきとき、

誰かに頼るべきとき

 

 

旅にでるときは自分よりも優れた者と行きなさい

 

もし自分よりも優れた人や同じくらいの人がいなかったら

 

キッパリ自分一人出生きなさい

 

愚かな人と一緒に行ってはいけません

 

(法句経)

 

 

◎人生は、賢い人とともに歩む

 

仕事の関係者や友人、夫や妻、趣味を一緒に楽しむ仲間など、それぞれの場面にそれぞれのパートナーがいるでしょう。 なかでも人生の伴侶は、慎重に選ばなければなりません。 気が合い、深く信頼できる相手であることは大切ですが、もう一つ、重視したい点があります。

 

それは、「自分より少しでも優れた人」 であることです。 自分より優れた人の刺激を常に受けることで、「もっと頑張ろう。もっと学びたい」 というやる気が涌いてきます。 そしてまた、目標とする人が身近にいることで、進む方向を見失わずにいられます。 しかし、もし、優れた人が見つからなかったら、どうすればいいのでしょう? 「自分より劣る人間であっても、道連れにすればいい」 という考え方もあります。 しかし、これは、いい考えではありません。

 

時間やお金にルーズな相手に愚かさの影響を受けて自分まで愚かな怠け者になるからです

むしろ一人で精進したほうが、生産的でしょう。 よい連れを得るには、人を見る目が必要です。 

たくさんの人と触れ合うなかで、眼力を磨いて、最高のパートナーを探すことです。

 

(いいことがいっぱい起こるブツダの言葉より参照)

 

 

追記、人生のパートナーは大事です! 自分を高めてくれる相手は、お釈迦様は必ず用意してくださっています(^^)/ 法華経であり、法華経の同志であり、家族や知人やブログ仲間もグッド!

 

 

 

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※人類史上、もっとも迫害され、打ちのめされ続けてきたユダヤ人が隠し持つ底知れない「巨大権力」の源をさぐる!奇跡の民族の謎に迫ってみたいと思います。

 

 

◎「山上の垂訓」(さんじょうのすいくん)でイエスが語ったキリスト教の本義

☆右の頬を打たれたら左も向けよ

ガリラヤ湖畔の小山でイエスが語った説教は、「山上の垂訓」 として新約聖書に残されている。 内容はわかりやすく、誰でも理解できる言葉でキリスト教の本義を伝えていたのだ。

☆本格的ユダヤ教改革宣言

 

(イエスは民衆から熱狂的な支持を受けた)


「山上の垂訓」は、イエスの本格的ユダヤ教改革宣言といえよう。 当時のユダヤ教は、王や貴族たちにとって庶民の不満を抑えつけるための道具にしかすぎなかった。 レビとよばれたユダヤ教指導者たちは、上級階級の一員として権力闘争に明け暮れ、堕落した生活をおくっていた。 イエスは、「山上の垂訓」で、次のように彼らを鋭く批判している。

貧しいものは幸福である天国は彼らのものである」(どんなに貧しくても信仰さえあれば天国に行ける)「あなたの敵を愛せ」「右の頬を打たれたら左も向けよ」(権力闘争への批判、無抵抗のすすめ)また、信仰への道は貧富や教養の有無ではなく、誰でも入れることを、「叩いたら、(信仰への)扉は開かれる」と語っている。

☆キリスト教の誕生と迫害

「山上の垂訓」は、ユダヤ教改革宣言であると同時に、キリスト教の誕生宣言でもあった。ガリラヤ湖畔から南下してエルサレムに入ったイエスは、民衆から圧倒的歓迎を受けたが、王や貴族からは、将来的に反乱の指導者となるのでは、と警告された。ユダヤ教指導者のレビたちは、その座を追われるのでは、と嫌悪されたのだ。

 

(イエスはユダヤ指導者レビたちから嫌悪された)


☆エルサレム神殿商人排斥事件

上流階級からのイエスへの反感が決定的になったのは、エルサレム神殿商人排斥(はいせき)事件がおきたからだ。 エルサレム神殿に入っていったイエスは、神殿内で家畜を売る者、両替業者などを見て怒り、神の家を商売の家としてはならないと、鞭をふるって商人たちを追い出したのだ。商人たちからの上納金を受けていたレビたちは、イエス抹殺を計画し、ユダヤ王や貴族たちも反乱の芽をつもうと両者の利害が一致し、イエスの十字架処刑が決まった

 

(イエスが山上の垂訓を語った跡地に建立された山上の垂訓教会)


(ユダヤの真実、マイウェイ出版参照)

 

 

追記、山上の垂訓(さんじょうのすいくん)はユダヤ教改革宣言です。が、同時にキリスト教の誕生宣言でもありました。 この正義感が後の十字架処刑につながるとは....... (:_;) 
現代は、末法の世です!テレビ報道や新聞情報等などに洗脳され、今の政治やら医療制度やら、様々な分野、そして今回のコロナウイルスの件でも、しっかりと自分と世の中を見つめ直すことが出来たと思いますビックリマーク 後は各自の判断で、自分のこれからの将来が決まりますので、どうか正しい選択をされて進んでくださいお願い 自分の体(身体)は、もう自分で守るときがきています。 お互いに頑張りましょうあせる

 

 

 

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