The Intimate Jackie Paris | シネマ、ジャズ、時々お仕事

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The Intimate Jackie Paris / Jackie Paris

Track 1 But Beautiful, track 2 Time After Time, track 3 'Tis Autumn, track 4 This is Always,
Track 5 Emily, track 6 Too Soon, track 7 Gee Baby, Ain't I Good to You, track 8 I Should Care,
Track 9 Lovelight, track 10 Every Time We Say Goodbye, track 11 When I Lost You.

Jackie Paris (guitar and vocals)
Mike Richmond (bass)

Recorded at Mark Dann Recording, December 19 and 20, 1999.

ジャッキー・パリスの遺作です。ただし、彼の伝記映画「'Tis Autumn」の中で2000年代に入ってからのライヴの録音風景が出てくるので、これがラスト・レコーディングという訳ではないようです(*)。彼の公式サイトにあるディスコグラフィーによれば、パキートが加わったクォーテットとの共演作や、バビー・スコット編曲のビッグ・バンドとの共演などが未発表録音として残されているようで、近い将来、これらが選曲・音質などの点で理想的な形で発表されることを期待したいと思います。

さて、パリスは40年代の末期から21世紀まで、非常に長いキャリアを持つジャズ・シンガーでしたが、ことレコーディング機会という点ではあまり恵まれなかった人でした。それでも60年代初頭までは、レーベルを転々としながらも、それなりに録音の機会があったのですが、62年にインパルス盤「The Song is Paris」を発表してからは、10年以上に亘って、公式なレコーディングが途切れてしまいました。この間、パリスは再婚した妻、アン・マリー・モスと組んで、彼らの唄とダンス(実はパリスは元々、ダンサーとして芸能界デビューしたそうです)、さらにパリスのギターをフューチュアした巡業を行っていたようですが、折からのロックの台頭もあって、彼らにレコーディング機会を与える殊勝なプロデューサーは出てこなかったようです。しかし、70年代に入り、ロックの退潮と共に再びスウィングする音楽への需要が増え始めた頃、このデュオはディファレント・ドラマー・レーベルとソニー・レスター・レコーディングに録音を残しています。さらにこの時期、パリスはかつての共演仲間だったチャールズ・ミンガスからも招聘され、アトランティック盤「Changes II」で「Duke Ellington's Sound Of Love」の録音を残しています。しかし、長年の巡業生活で喉を酷使したせいか、この頃からパリスの声にはかつて持っていたしなやかさと艶が失われ、とくに声の抜けが悪くなって、特徴だった息の長いフレージングも途切れがちになり、その結果、独特のスウィング感が失われるという、ヴォーカリストとしては致命的な問題点が浮上してきました。この後、パリスはオーディオファイル・レーベルとエマーシー(日本フォノグラム)レーベルにそれぞれ2枚ずつリーダー作を録音しており、また、94年には、このブログでも取り上げた加藤葵との共演盤を残していますが、そのいずれにおいてもこの欠点は是正されず、関信行氏の言を借りれば、「熱心なジャズ・ファンにとっては蒐集の対象外」と言える出来にとどまるものでした。

以上のような状況だったものですから、このアルバムが2001年になってようやく発表された時には、一聴するまでにかなりの勇気を要しましたが、一聴して、その怖れは驚愕に変化しました。実に声がよく出ているのです。しなやかさと艶も、全盛期とまでは行きませんが、少なくともそれを彷彿とさせる範囲にまで回復しており、齢70半ばを過ぎた老シンガーの声とは思えない色気を感じさせます。加えて、当時、コンビを組んでいたベースのマイク・リッチモンドと彼のギターだけという伴奏も素晴らしく、まさにIntimateなクラブ・ライヴを楽しんでいるような佳作に仕上がっています。
この目覚しい回復振りを見ると、80年代の録音がなぜ成功作とはならなかったのかという疑問が湧いてきますが、その原因を私なりに解釈すると、まず、小唄が得意な彼に「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」やら「スピーク・ロウ」などの、シナトラ流に声を張って歌う大ステージ向きのレパートリーばかりを歌わせた企画の失敗、さらに、若手中心で歌伴の経験が浅いソリッドなリズム・セクションを起用したことにより、パリスの唄の持ち味が伴奏にかき消されてしまったことも大きかったのではないでしょうか。この80年代後半という時期にハンク・ジョーンズ、トミー・フラナガン辺りのヴェテラン・ピアニストを起用して、かつての名作「Jackie Paris Sound」辺りを彷彿とさせるような小唄中心の選曲で1枚でもアルバムを製作していれば、より商業的成功も得られ、彼が切望していたという来日公演も実現していたのかもしれません。残念なことですが、先の伝記映画「'Tis Autumn」を見ると、こうした「運のなさ」は別にこのケースだけではなく、Jackie Parisという類稀な資質を持ちながらも、終生、商業的な成功とは無縁だった(その寸前まで行ったケースは何度もあったのですが)ジャズ・シンガーの生涯に終始付き纏い続けた宿命だったような気もします。

Track 1は、言うまでもなくシンディー・ローパーのナンバーではなく、チェット・ベイカーが得意にしていた古いスタンダード曲。Track 2は、かつてブランズウィックとインパルスに名唱を残していますが、ここでの歌唱はそれらに負けない出来。Track 5はトニー・ベネットの得意曲ですが、パリスの歌唱は満場に声を響かせるベネットとは対照的に、語りかけるような優しさを伴っています。Track 9は「No Moon At All」のヒット曲を持つレッド・エヴァンスの知られざる佳曲。こういう地味な小唄をミディアム・スローで歌い上げる時、パリスの歌唱は最も光り輝くと思います。

(*)映画「'Tis Autumn」はDVDが発売されており、現在、amazon等を通じて購入可能ですが、リージョン1なので、日本では通常のDVDプレイヤーでは鑑賞できず、オール・リージョン対応のプレイヤーかPCが必要になります。また、日本語字幕もないので、内容の大部分を占める関係者へのインタヴューはかなり英語が得意な方ではないと、ヒアリングに苦労すると思います。幸い、私の執拗なリクエストが反映されたのか(ハハハ)、昨年、WOWOWで字幕版が放映され、ようやく私も内容が完全に理解できるようになりました。