陸軍中野学校 竜三号指令 | シネマ、ジャズ、時々お仕事

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1967年 大映 監督 田中徳三 脚本 長谷川公之
(あらすじ:ネタバレあります)
重慶国民政府との和平会談に向かった日高大佐一行が何者かに銃撃され、全員死亡するという事件が起こった。和平を好まぬ敵勢力のテロと見た草薙中佐(加東大介)は椎名次郎(雷蔵)を呼び出し、現地調査を命じた。しかし、証拠品は番号入りの1ドル硬貨とモーゼル軍用拳銃のライフル・マークだけ。香港租界に旅装を解いた雷蔵は、いきなり不審な男(新田昌玄)に付き纏われていた美女(安田=現大楠=道代)を助けた。安田はその場に写真入りのロケットを残して立ち去った。翌日、辻井大佐(有馬昌彦)の指揮下に入った雷蔵は、情報が親日派要人の張宇源(松村達雄)周辺から漏れていることを知る。松村が毎日宣伝放送を行うラジオ局に向かった雷蔵は安田と再会。彼女は日本人・林秋子で、身寄りがないため松村を頼って単身訪中したのだという。雷蔵は小説家だと身分を偽った。その足で雷蔵は不審な外人の集まるナイトクラブへ。突然、電話が入ったと呼び出された雷蔵が公衆電話ボックスに入ると、電話の主は隣のボックスにいた中野学校同期・杉本(仲村隆)だった。仲村は不審な美女・周美蘭(松尾嘉代)を追っていた。その後、例の1ドル硬貨を使って雷蔵は秘密カジノに潜入し、外人たちの顔写真を撮影。しかし、硬貨の番号が期限切れになっていたため、カジノ内で確認作業が始まった。雷蔵はトイレの窓から非常階段を伝って何とか脱出。翌日、有馬が現地情勢に詳しい川添少尉を呼ぶと、現れたのは新田だった。新田は写真の1人が親日派商人のスタイナー(ポール・シューマン)だと言う。その頃、和平反対派の佐々木中佐(早川雄三)は情報漏れを承知で、次の和平団の訪中日程を松村に明かしていた。一方、安田のメイド・金蓮(東三千=後に原田英子)が何者かに狙撃され、「ステッキ」と謎の言葉を残して死亡。銃弾のライフル・マークは日高事件の物と一致した。さらに、和平団の乗った飛行機が中共支配地近くに不時着。中共スパイの工作を疑った早川の命令で、松村と安田が拘束された。新田は安田を尋問し、雷蔵が陸軍の情報中尉であることを明かす。その頃、雷蔵は松村邸を捜索し、隠しマイクを発見。情報は、コックの徐から松村のステッキを通じてラジオ局の宋アナ(滝田裕介)へ伝わっていた。東はステッキの秘密を知ったため、殺されたのだ。雷蔵の尽力で松村・安田らは釈放されたが、滝田は新田の拷問にも口を割らない。しかし、尋問を代わった雷蔵の人間性に打たれた滝田は、既に和平団の処理に関する指令を持って呉武松(杉田康)が現地に向かったことを自白。陸軍内部では和平派と強硬派が対立し、中を取って参謀長(稲葉義男)は10日の期限を切り、雷蔵に和平団一行の救出を命令。雷蔵は上海から仲村を呼び、2人で救出活動を開始。仲村は「神よ与えよ、万難我に」という中野学校校歌通りになってきたな、と呟いた。雷蔵は現地人に化け、耳の聞こえない振りをして検問を突破。途中で杉田と邂逅した雷蔵は、格闘の末、杉田を崖下に突き落とし、指令の紙片を挟んだ拳銃を奪い取った。一方、仲村は顔の洗い方から身分がバレ、拘束されてしまう。敵のアジトに到着した雷蔵は、仲村の房を覗いた際に小型ヤスリを投げ入れ、煙草の火を使ったモールス信号で脱獄時間を伝達。夜9時、雷蔵と仲村は和平団を救出し、軍用トラックで脱出。だが、トラックはガス欠でスタックし、さらに一行は地雷原に差し掛かってしまう。銃撃で足に負傷を負った仲村は、最早これまでと、自ら地雷に身を投げ、追ってきた敵もろとも命を落とした。期限ギリギリに基地に戻った雷蔵たちだったが、強硬派の意見が通り、和平交渉は打ち切りと決まる。一方、杉田らは復讐を開始。まず、松尾が色仕掛けで新田を篭絡して捕虜収容所に潜入。新田や口を割った滝田らを射殺した。次いで、一味は松村も射殺。松尾に誘き出された雷蔵もモーゼルで狙撃されるが危うく難を逃れた。ライフル・マークから一連の犯行は全て同一犯の仕業と判明。そして松尾は被害者の許に「成佛」と書かれたカードを残していた。松村の世話でスタイナー商会に秘書として入り込んでいた安田の口から、松村がシューマンを敵スパイとして疑っていたことを知る。安田の協力でスタイナー商会に潜入した雷蔵だったが、金庫を空ける寸前、シューマンに捕まってしまう。その時、安田が万年筆型拳銃でシューマンを狙撃。脱出しようとした2人の前に、モーゼルを掲げたオストロフ(マイク・ダーニン)が立ちはだかった。その時、起き上がったシューマンの影に気を取られたダーニンに一瞬の隙が生まれ、雷蔵はダーニンを靴底の隠しナイフで刺殺。今わの際にシューマンは自分が安田の父であることを告白。彼はドイツ人ハンス・ベルゲルとして日本でスパイ活動を行い、安田の母を捨てて逃亡したのだった。金庫の中にあった暗号電報の全容が解明され、杉田・松尾らも逮捕された。連行される松尾の中国服の襟に、雷蔵は「成佛」と書かれたカードを差し込んだ。現地を訪ねた加東と共に、雷蔵は仲村の墓に参った。加東は和平交渉の途絶を仲村の墓前に詫びた。雷蔵の胸の中に仲村が呟いた「神よ与えよ、万難我に」の言葉が蘇った。
(感想)
5作ある「中野学校シリーズ」のうち、唯一、雷蔵扮する椎名次郎が海外(中国)で活躍する作品です。香港租界の遊興場や、後半の救出シーンにおける現地の市場などのセットが極めてよく出来ていて、リアルな雰囲気を漂わせていますが、半面、夜間の地雷原突破シーンなどはスタディオ撮影でスケール感があまりないのと、前作「雲一号」と同様ですが爆破シーンの火薬使用量が少なすぎて(藁)、いささか迫力に欠けるのが残念です。前2作の観客動員が好調だったせいか、本作は勝新の「兵隊やくざ」とのカップリングで67年のお正月映画として封切られたのですが、この頃になると、大映の経営状態は急速に悪化し、予算面での締め付けが厳しくなっていたことが窺えます。
スパイ物といっても、前2作はきわめてオーソドックスなサスペンス物として撮られており、いわゆるスパイ小道具の類はほとんど登場しなかったのですが、恐らく、宣伝サイドから要請があったのでしょう、本作からは「登戸研究所特製」(ハハハ)の秘密兵器群が次々と登場し始めます。ただ「007シリーズ」辺りの派手なメカとは一味違い、靴底や眼鏡の蔓に仕込んだ隠しナイフやら、ライターに偽装した小型カメラやら、京撮小道具さんの手作り感漂うもので占められている点はご愛嬌。安田道代が使用した「万年筆型拳銃」は、確か初期の007シリーズでも同じような武器が出てきたと思いますが、いかにもかさばりそうな極太の万年筆を渡すくらいなら、掌に隠れる小型拳銃でも渡した方が実用的では?と感じたのは私だけではないでしょう(藁)。
さて、本作、出だしから雷蔵が夜の香港租界に入り込み、久々に仲村隆と邂逅した後に秘密カジノで正体に気付かれ、窓から非常階段を伝って脱出する辺りまでの約20分は、非常にスリリングな展開で、見ていてドキドキするのですが、その後、次第に緊張感が緩んでいくのが残念です。後半、和平団の救出作戦で再びスリリングな雰囲気が盛り上がるのですが、どういうわけか救出作戦成功後も映画はそのまま続き、とってつけたような安田道代とポール・シューマンの父子再会劇などが出てきた挙句、随分前に死んでいた(ハハハ)仲村隆の葬儀に、中盤、全く出番のなかった加東大介がわざわざ顔を出して終わる、というエンディングには、正直、バランスの悪さを感じます。エピソード一つずつはそれなりに面白いのですが、1つの映画ストーリーとしての関連性に欠けるような気がするんですよ。真面目な大映らしいと言えばそれまでですが、せっかく起用した松尾嘉代もほとんどお色気シーンなしで「成佛」してしまうというのはねぇ。チャイナ・ドレスのスリットから拳銃を取り出すくらいのサーヴィス・シーンはあってもよかったんじゃないですか(ハハハ)。
想像ですが、お正月作品ということで、派手に盛り上げろという宣伝部からのプレッシャーがきつく、脚本や絵コンテなども、大分、現場で手直しされたんじゃないですかねぇ。現場主義者の田中徳三監督の悪い点が出てしまったような気がします。DVD版だと予告編が付録に付いているんですが、この「竜三号」、まるで本編と内容が違うんですよ。ほとんど別の映画と言っても差し支えないほどです。和平団救出作戦をクライマックスに持ってきて、単純明快なストーリーにした方が座りがよくなったんじゃないでしょうか。
雷蔵は本作でも完璧にスパイ・椎名次郎になりきって役を演じています。和平団救出作戦で、黒縁の眼鏡をかけ、聾唖者の現地人に化けて演じるお間抜けな姿は、演技者としての彼の凄みを感じさせて余りあるものがあります。誰がこの姿を見て、白塗り二枚目時代劇役者の雷蔵と同一人物であると想像できるでしょうか。雷蔵の凄さは、単に巧みなメイクで別人に化けるというだけではなく、役に応じて二枚目スターのオーラを全く消してしまうことができるという点で、これは他の映画スターには全く不可能な境地だったと思われます。
1作目から雷蔵のパートナー役「早稲田の杉本」を演じてきた仲村隆は、殉職という形で本作で姿を消すことになります。仲村隆は60年頃から、大映東撮の大部屋として主に新聞記者や医師などのチョイ役を数多くこなす他、声の良さを買われて勅使河原宏=勝新の「燃え尽きた地図」や、川崎敬三=奥村チヨの「あなた好みの」などの作品ではそれぞれ「電話の声」、「コンピュータの声」(藁)などを担当してきた人。TVドラマでは主演作があるようですが、本編ではほとんど大きな役は貰えず、この「中野学校シリーズ」での杉本役が生涯で最も大きな役であったと思われます。この時点で、シリーズはまだまだ続くことが予想されていたのですから、何もこの時点で彼を殉職させることはなかったような気もしますが、大映上層部では所詮、大部屋ということで、彼の存在をそれほど重要視していなかったのかもしれません。ただ、残る2作、とりわけ最終作では雷蔵の片腕的パートナー役が存在せず、あたかも彼のワンマン映画になってしまったキライもあるので、本作で彼を殺してしまったことは結果的にはシリーズにとってマイナスであったように思われます。それと、この仲村、60年代後半までほとんどの大映東京作品に顔を出し続けていましたが、70年代以降の消息が全く掴めません。TVドラマへの出演記録もないので、恐らく、大映倒産と同時に役者から足を洗ったものと想像されますが、今はどうなさっているのでしょうか。もしご健在なら、大映時代の思い出などをトーク・ショーなどで語っていただければ嬉しいのですが。
ちなみに「神よ与えよ万難我に」というのは中野学校校歌「三三壮途の歌(さんさんわかれのうた)」からのフレーズですが、この「三三壮途の歌」が中野学校校歌となったのはかなり後になってからのようで、1期生である椎名次郎(雷蔵)や杉本明(仲村隆)が在籍していた昭和13年頃には、当然ながらこの校歌は存在しなかったようです。まぁ、卒業してから、草薙中佐(加東大介)から歌詞を教えられたのかもしれませんが(藁)。