石和温泉では宿の滞在可能時間をほぼほぼいっぱいに使って、しっかりと温まってきたわけですが、前日に立ち寄った山梨市の清白寺では早すぎる梅見となってしまったので、翌日もまた(性懲りもなく)別の梅園へ。石和温泉駅の観光案内所に入園割引券があったり、また聞き及ぶところによればこちらは七分咲きということだったものですから。
出向いたのはJR中央本線で石和温泉駅と甲府駅との間にある酒折という、これまた無人駅。この路線は何度も通っておりますが、ここに梅園があるなどとは全く気付かずにおりましたが、よくよく見ればホームからでも「不老園」という看板が望めていたのですなあ(写真の左側真ん中あたりの山の中に)。
どうにも山梨学院の校舎ばかりが目立ってしまっていて、実際に不老園までの道筋はあたかも同校の通学路を辿るがごとし。生徒たちは毎日、この坂道を登るのであるかと思っているうちに、入口に到着。「梅まつり」の幟が翻って、今度こそ梅見が叶いそうな気配を濃厚に漂わせておりましたよ。
と、ここで「不老園」とは?を同園リーフレットにあたっておくといたしますか。何せこれまで全く存在にも気付いていなかったもので。
不老園は、明治30年、(甲府)市内に住む呉服商の七代目奥村正右衛門が別荘として開園したもので、氏は北海道を除く全国を行脚して、特に九州地方から紅梅、小梅、夫婦梅、ブンゴ梅などを持ち帰ってはこの園に植え付けたという。山を切りくずし、谷を生かし、池をつくり、その周辺に梅と桜、牡丹、南天、赤松、ツツジなどを栽植して、庭づくりに専念することおよそ30数年。 晩年は自然を友としておくり、大正13年に、86歳でその生涯を閉じました。その後、園は5人の子息によって受け継がれたが、恒久的な維持を図るために、昭和40年に財団法人「奥村不老園」となり、平成26年10月に一般財団法人「奥村不老園」として運営されている。
ともあれ、順路に従い園内の散策路を進んでまいりましょうね。おかげさまで(つまりは前日の清白寺に比べて)梅の名所らしい雰囲気になってますなあ(訪ねたのは2025年3月7日でしたとは、念のため)。
山の斜面にへばりつくように造られた園内ですので、順路はやがて登りにかかりますが、ぜいぜいになるほどではありませんです。最高所には展望台が設けられておりまして。
でもって、展望台はもとより散策路のところどころに開ける展望、眺望それこそが他の梅園にはない特色ではなかろうかと(来て初めて知ったですが)。
梅に不二の御山とは、なにやら贅沢気分にもなってくる景色なのでありますよ。で、他方に目を転じれば、雪を頂いた南アルプスも遠望できるという。
右下あたり、太目の枝にちと隠れてしまっているのが間ノ岳(あいのだけ)ですな。標高3,190mの高峰で、北アルプスの奥穂高岳とともに日本で三番目に高い山を分け合う存在と。
前日に立ち寄った清白寺で「ああ、梅見したな」感を得ていたならば、おそらく立ち寄ることのなかった不老園。時季的な巡りあわせでもって、思いがけずも梅と雪山の遠望に出会えることに。結果オーライとはこのことでありますね(笑)。